カムイ
悲しみの先住民族・アイヌ
牧場では、月を先頭にひと塊となった馬たちが、脚を高く掲げて意気揚々と走りまわっていた。一気に活気づいた馬たち。
月の存在はやはり、すべての馬にとっての求心力になっていたのだ。
人にも同じことがいえた。明るさと、活気がよみがえってきた。
おぼつかない歩みではあるが歩きまわることが楽しくて、なんにでも興味を抱き始めた春彦は、短い紐で繋がれて、その端は厩舎の柱にくくりつけられている。手当たり次第に物を口に入れる春彦の紐を長くしておくと、落ちている馬糞や、尿まじりの藁を握りしめて、口に持っていってしまうからである。
「ションタク(糞の塊)は家の方に置いておいた方が、良くないか」
「春彦、です。うんこ、なんて言わないでくださいな。アイヌの子じゃぁないんですから」
「だが、ほれ、馬糞が気に入ってるようだし、ションタクも、うんこ臭いぞ」
荷車に水桶をたっぷりと積んで来たカムイは、鼻腔を閉じるように上唇をすぼめて笑いながら言うと、厩舎の水溜めに水を移していった。
春彦は、「うんこ、うんこ」と言いながら腹ばいとなって、地面をポンポンと叩いている。落ちている馬糞に手が届かないから、はいはいをして腕に力を込めて近付こうとしているところだ。
「春彦です! あらぁ・・・ほんと、くさ〜い、ついさっきしたばっかりなのに」
藁を一カ所に集めて厩舎の掃除をしていた鈴は、春彦を抱き上げてお尻に鼻を持っていくと、顔をしかめた。
「だから、ションタク、だろうが」
初夏の日差しを浴び、家の前に並んだおしめが風をはらんで、元気よくはためいていた。その合間には長〜い下帯が、ゆらりゆら〜りと揺らめいている。