カムイ
鈴は破水していることを感じて、産むための準備を、ゆっくりゆっくりと床を這いながら整えていった。
腹に鈍痛が襲ってくると、腰には重りを下げられたようなひどい痛みがやってくる。その間隔が、少しずつ短くなっていくが、痛みの持続時間は長くなっていった。
耐え難い痛みに、体じゅうには汗が浮いている。
体に纏っていたすべての物をはぎ取るようにして除き、上を向いて横たわると、天井の梁に結わえつけていた紐を両手で握りしめて力を込めて引っ張りながら、歯をギリギリと鳴らして食いしばり、息む。
セタは厩舎にいるはずだ、と違うことに気をそらそうとするのだが、痛みは容赦なく襲って来る。
「ウウーッ、たすけて! ッカムイ!」
誰もいない部屋で鈴はひとり、口に出して叫んだ。何度も何度も。
胎児はなかなか出てこようとはしない。やはり、まだその時期ではないのだと思いながらも、今出してしまわないと子供は死んでしまう、と直感した。
「フーッ、ハーッ、フーッ、ハッハーッアアアアッ―――」
その時、バタン! と大きく扉が開かれ、「お嬢さん!」と言いながら、鈴の乳母をしていた鶴が入ってきた。
「文左衛門さんは入らないで!」
外に向かって叫んで駆けよって来ると、へその緒が繋がったままの嬰児を取り上げて、手際良く処置を施していく。
「フンギャーッ」という第一声。
「ホーッ・・・おめでとうございます、お嬢様。ホホ、元気いっぱいの男の子ですよ、よく、頑張られましたね」
安堵の息を吐き、涙をたたえながら思いっきりの笑顔で、鈴を優しくねぎらった。
「ああ〜、文左衛門さんに付いてきてよかったこと。虫が知らせたんですよ、きっと」
疲れきって横たわったままの鈴は、ぼんやりとした眼差しを向けて、そのままの姿で両手をゆっくりと持ち上げて差し出すと、清められた嬰児を抱き寄せ、口の両端をやや持ち上げて目を閉じた。