カガミノカギ
立ち上がって鏡を見る。おかしなところは無い。それは俺が子供の頃から壁に取り付けられていた何の変哲も無い鏡だった。
親父に言いつけられて何度か磨いた事はあったが、ただの一度も手がめり込んだ事は無かったはずだ。
立ち上がって恐る恐る手を伸ばすと、俺の手は波打つ事の無い水面に吸い込まれるように入っていった。
そして鏡の片隅で、胸のポケットに入れたもう一つの鍵が妖しい燐光を放っているのが見えた。
俺は水も飲まずに親父の部屋に取って返すと、残りのノートを全て読破した。フィクションではない、親父の命を賭けた記録の全てをだ。
最後のノート、親父にとっては最初のノートに鍵の事が書いてあった。普通なら初めの方から読むのかもしれないが読んでから思ってもしかたの無い事だ。
あの鍵は「カガミノカギ」と書かれていたが本当の名前なのかどうかは判らない。
ただ「光に向き合う者」がソレを身に付けていれば鏡の世界への扉は常に開かれているのだという事であった。
親父の部屋には大きなカガミがあって、そこからカガミの世界に恐る恐る入ってみる。初めは恐くて片手を表に残したまま、何度も入ったり、出たりを繰り返した。
だが落ち着いて見てみるとカガミの中は表の世界と大した差はない。心持ち空気がひんやりとしているくらいだ。
それと当然であるが、全ての物の左右が逆だった。