カガミノカギ
ノートの日記には一人の男の地味だが英雄的な活躍と、如何にして遭遇したピンチから免れたのかが記してあった。
勿論、一人の男とは親父の事である。
ノートに拠れば親父は鏡の道を通り抜け、数々の犯罪現場に現われては、警察にさえも知られることも無く事件解決に力を尽くして来たというのだ。
ある時は、民家に立て篭もる銃を持った犯人の背後に忍び寄り、ある時は誘拐された幼い子供の目の前に現われ、又ある時はどす黒い計画を練り上げる高層ビルの会議室に、堂々と忍び込んではその悪事を潰してきたという。
親父に言わせれば、暴力団の事務所の金庫から資金を盗み出し弱体化させるのも、正義の行いの一つなのだという。
どんな仕事をしているのか解からない親父が、俺を飢えさせなかった理由はコレだったのか?
あの事が起こる前の俺は、そんな親父の日記に時々突っ込みを入れては荒唐無稽なメモを流し読んで行った。
あの事はその後に起こった。
のどが渇いたので、水でも飲もうと台所へ立つと、数時間も読み続けていたせいか、立ち眩みがした。
よろける身体を支えようと廊下の壁に手を伸ばすと……。
開け放たれた窓に腕は吸い込まれ、その窓枠にわき腹をしたたかに打ってしまった。
「アイタタ……」としゃがみこむ俺。
だが待て、家の廊下には窓なんて無いはずだ。
わき腹を片手で押さえるたまま見上げると、鏡に天井の蛍光灯が映っていたのだった。