あなたが好き
乗車一分後。
エンジンを掛けた男性が、シートベルトをするようにと身振りをした。
私は、左上から肩にシートベルトを掛けたが金具が止められなかった。
男性の手がそれを助けてくれた。
その距離に心拍数が加速してゆくのを感じた。
(ドラマじゃないけど、鼓動なんて聞こえないよね)
自分の中で効果音のように響いている錯覚。脳裏を支配する。
「いいですか?」
「はい?」
「車。車動かしていいですか?」
「あ、はい……」
発車。
駐車場を出るところの段差で身体が揺れた。
シートで少し踏ん張っている私にどうか気付かないでと思った。
車は、最寄駅の改札口を通り過ぎ、郊外に続く道へと向かった。
「何か食べたいものはありますか?僕が決めた店でいいですか?」
「はい」
「ありがとう。あ、期待しないでくださいね」
店に着くまでの時間は、十数分くらいだった。
小さなフレンチレストラン風の店。
入店。
席に案内されると、それぞれにメニューが渡された。
高級フレンチだろうかと気になったが、メニューは洋食屋さんといったところだった。
少し、安心した?いや、肩に力を入れずに済みそうだ。
「何にしますか?お好きなものをどうぞ」
「あの」
「はい、何ですか?」
「あの時はたまたま見つけただけですから、こんなことしていただいては」
「いや、ありがとうございました。助かりました」
「それなのに 私、ずうずうしくないでしょうか?」
「いいじゃないですか。もう初対面じゃないし、お食事ぐらい」
「初対面じゃないって、昨日会ったばかり、しかも……」
「出会いってそういうものじゃないですか?」
「そういうものって……」
「貴女は、会社に入いるとき、そこの会社の人物を知って入りましたか?」
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「毎日寄るコンビニの人にレジで声を掛けられ、話しませんでしたか?」
「それだって、いくらだとか、お釣りですよってだけです」
私は、だんだん追い詰められていくように感じずにはいられなかったが、そのペースに夢中になっていった。
「とりあえず決めましょう。腹も空いてきた」
「じゃあ、あのお勧めは?」
「それでいいですよ」
男性は、笑ってメニューに目を落とした。
「僕の好みでいうなら、このコースがいいと思いますよ。あ、僕がこれにしようと思っているのですが」
「私もそれにします」
「いいんですか?じゃあこれで」
男性は、『自分は飲めないけれど』とアルコールも勧めてくれたけれど、私は注文しなかった。