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あなたが好き

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 翌朝。
 靴ずれ治療用の絆創膏を貼ってそーっとパンプスに足を入れた。
さほど痛みを感じなく、今日は過ごせそうだ。
会社への最寄り駅に着き、書店の前に差し掛かって、昨日の一方的な約束を思い出した。
何気なく時計を眺めた。
(今日は残業しないぞ)

 定時退社五分前。
 順調に作業を終えようとしていた時だった。
課長と目が合い、何となく嫌な予感がした。
私の名前を呼ぶ課長の声を耳にかすめながら机に向かう。
(あれ?でも私何を避けているんだろう……)
課長の踵を引き摺るような歩き方が視界に入ってきた。
「昨日は、助かった。先方もわかり易いと乗り気になってくれたよ。ありがとう」
「はあ、どうも」
腑抜けた返事をするべきではないかもしれなかったが、何故かほっとした自分がいた。

 定時退社三分後。
 どうしても片付けるのにこれだけは掛かる。
定時に席を立つある女子社員は、いつから終了しているのだろうかと入社時すぐから疑問に思っていた。
いまだ、どちらが本来の勤務態度なのか理解できていないけど、このスタイルは変えていない。
いや、変えられないのが、本心だろうか。

 何かに変化をつけることは 結構、気力も必要なものだ。

 退社。
 「お先に失礼します」
時計を眺めた。
 帰り道にある書店の前に差し掛かった。
周りを振り返る私は、何かやましいことでもするような気がした。
少し、緊張している。肩を上げ、吐く息とともに下ろす。

 待ち合わせ?
 書店の入り口に向かった時だった。横の車の窓が下りた。
「こんばんは」
(あ、この声?)
一瞬で足が止まり、ゆっくりと声の元を見た。
(やっぱり。え?さっきの見られた?)
ほぐしたはずの緊張は、恥ずかしさに変わって私に乗り移った。
「こ、こんばんは」
「こんばんは。約束覚えていてくれて嬉しいです」
「いえ、私は、本を見に来たんです」
「そうですか。では僕はここで待っていますからどうぞ」
「私、お約束したとは……」
「そうですよね。お答え頂いていなかったかもしれません」
「ええまあ。それにお仕事は?」
「ちゃんと済ませましたよ。そしてここに来ました」
「私……」
俯き加減の私を下からの視線で見つめるこの男性は何なんだろうと思いながら自分の中に問いかけていた。
「助手席に乗ってくれませんか?お話がしたいのです。駄目ですか?」
「……いえ」
そう答えた私が、ドアを開けてくれた車に乗り込むまでの時間は……どれくらいだったのか?
作品名:あなたが好き 作家名:甜茶