あなたが好き
その直後。
その背中を見て、一歩踏み出した時だ。
左踵がじんわり濡れた感触がした。
「あ…。(潰れちゃった!?)」
見ると、靴ずれの皮がめくれてしまっている。
ひりひりとした痛みが伝わってきた。
鞄のファスナーを開け、常備携帯している絆創膏を探す。
(あ、そっか、あげちゃったんだった)
私は、パンプスから踵を浮かせて書店を出た。
なるべく我慢をして歩くものの、やはりどこか可笑しく見えたのだろう。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
駐車場から出ようとしている車から 声をかけられた。
「ええ…」
(あ、この声?)
僅か二分前に私の耳に入り込んだ声ではないかと記憶が甦った。
私は、顔を逸らすようにその車を避けて通り過ぎようとした。
「あのー。僕そんなに貴女に失礼なことしましたでしょうか?」
「拾い物のお礼を言ったこととお礼のお誘いをしたことと今の様子が気になったのでお声をかけたことと」
「そんなに僕の印象は、良くないことをしたのでしょうか?」
その男性は、ウインカーを出し、駐車場に停まったままで話を始めた。
その時、改めてその男性に目を向けた。
外から見る車内は暗く、男性の表情はさほど読み取れなかったが、その言葉の口調から怒った様子ではない。
むしろ、優しさを感じるものだった。
「あ、すみません。こんなところで声をかけられるってあまりないことだったから……ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ。ご迷惑と思わず失礼しました」
「…靴ずれしただけですから、ご心配なく。じゃあ」
「送りましょうかってのは、また失礼なんでしょうね。あ、これくらいなら。はい」
差し出されたのは、この先の薬局の名の入った絆創膏の試供品。
「ありがとう……ありがとうございます。頂きます」
男性は、私があまり近づかなくてすむように窓から腕を思い切り出して渡してくれた。
「それじゃあ明日。此処で。待ってます」
そう言い残し、その男性の車は走り去って行った。
(え?なによ……やっぱりナンパ!?)
でも私は、くすっと笑ってしまった。
その二分後。
書店の駐車場の植え込みの煉瓦に凭れ、絆創膏を貼った。
少し角が折れ曲がりくっついてしまったが、家に帰るまでは何とかなるだろうとそのまま貼り付けた。
やはり、ひょこひょことぎこちなく歩いてしまうが、パンプスと直接当たらず、痛みもさほど感じなくてすんだ。
その四十五分後。
私は、自分の部屋に帰った。
「うぅっ!痛ーい」
風呂に入った私は、その傷に沁みた痛みにきっと酷く顔を歪んでいただろう。