小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私を泣かせてください

INDEX|9ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

「ごめんなさい。僕、うつ病みたいなんです。診断書をもらいました。一ヶ月、休みをください」
 幸三は捲し立てるように、一気に言った。それは今を逃すと言えそうにない言葉に思えたのだ。携帯電話を握る手は脂汗でじっとりとしていた。
「そう、うつ病……」
 由美子の声が妙に寂れて聞こえた。
「兎も角、僕の企画はお流れにしてください。先日、水木が浅草の取材をするって意気込んでいましたから、もしよかったらそれに差し替えてもらって……」
「あなたの『なぜか、釣りデート』は号を先送りしてもいいのよ」
「今は仕事のこと考えたくないんです。診断書は郵送しますから」
「わかったわ。お大事にして頂戴」
 電話は切れた。幸三は大きく息を吸った。由美子と話している最中は、まるで肺の中に酸素が入っていかないような錯覚に陥っていたのだ。
 幸三はコンポに手を伸ばした。コンポの中には鈴木慶江の「レガーロ」が入ったままになっている。幸三は二曲目の「私を泣かせてください」をリピート再生にしてかけた。ベッドにもたれながら、その美しいメロディと歌声に聴き入る。自然とまた涙が溢れ出してきた。

「重田君、うつ病だって?」
 出版局長の韮山は渋茶を啜りながら、今日も苦虫を潰したような顔をしている。
「はい、そのようです。診断書が送られてきました」
 由美子が診断書を差し出した。そこには「病名・うつ病。上記疾患により一ヶ月の療養を要す」と書かれてあった。
「困るんだよなぁ、ギリギリの人数でやっているところで病人を出されちゃ」
「編集部内で何とかカバーします。彼には今はしっかり療養してもらって……」
「問題は二つだ」
 韮山はピースサインを作って笑った。だが、瞳は笑ってはいない。
「一つは重田君の処遇の問題。一ヶ月くらいなら療養休暇を与えてもよいが、長引くようならば、それとなく依願退職へ持っていくのが妥当だろうな」
「待ってください。重田君は年数こそ浅いですけど、会社のために尽くしてきたんですよ。良い記事も書きました。それを病気したからリストラするなんて……」
「君は重田君が良い記事を書いたと言っているが、それは君がリライトしたからだろう。君の才能は惜しいが、重田君はちょっとなぁ……」
 由美子は下唇を噛み締めていた。自分の部下がうつ病になり、リストラの危機に晒されている。その責任の一端をヒシヒシと感じていた。