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私を泣かせてください

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 米倉医師は「ふーん、なるほどね」などと言いながら、何かカルテに書き込んでいる。その合間にも貧乏ゆすりは止まらない。
「やっぱり人間関係が一番のストレスかね?」
 米倉医師が幸三の顔を覗き込む。
「はい。編集長は何でもかんでも、ダメだしするんです。僕の記事がそのまま通ったことなんて一度もないですよ。それにまるで僕の人格を無視するような叱責の仕方をするんです」
 米倉医師は「うーむ」と唸り、貧乏ゆすりを一段と激しくさせた。
「今、職場に行けって言われたら、行ける?」
「多分……、無理です。編集長の顔を見るのが怖いです」
「だろうねぇ……。まあ、うつ病だね。しばらく休んだ方がいいですよ」
 米倉医師はあっけらかんと言い放った。
「しばらくって、どの位ですかね?」
「そうだねぇ、人にもよるんだけど、本当は三ヶ月くらい休んだ方がいいと思うよ」
「三ヶ月もですか?」
 幸三にとって三ヶ月という期間、仕事をしなかった経験はない。学生時代ならばいざ知らず、社会人として落伍者になるのではないかとの懸念が頭の中をよぎる。
「取敢えず、診断書は一ヶ月で出しておくから……。その時、また判断しましょう。ところで睡眠は?」
「酒の力を借りて寝ています。でも夜中に必ず目が覚めますね」
「そりゃ良くない。安定剤と抗うつ剤に加えて眠剤も出しておくから、お酒はやめること」
 米倉医師はピシャリと言った。脚はまだカクカクと震えている。
 結局、幸三は一ヶ月間の休職のための診断書をもらって病院を後にした。調剤薬局で精神薬を受け取り、帰宅する。会社にどう連絡してよいかわからない幸三であった。正直なところ、由美子の声を聞くことすら怖かった。ましてや、うつ病で一ヶ月も休暇を取ることになったなどと伝えれば、由美子は烈火のごとく怒るかもしれない。そして見捨てられるかもしれない。そんな不安で心の行き場を失いかけていた。
 そんな折、幸三の携帯電話が鳴った。ディスプレーを見ると会社からだ。それほど重量があるわけでもない携帯電話が異様に重かった。
「はい、もしもし、重田です」
「重田君?」
 声の主は由美子だった。同時に幸三の心臓が張り裂けそうなほど、大きく脈を打った。
「どうしちゃったのよ。二日も休んで……。あなたがいないと『なぜか、釣りデート』の企画が進まないのよ」