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私を泣かせてください

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「まあ、夕方までそのベッドは使えますから、ゆっくりしていきなさい。僕にできることはここまでなんでね」
 夕方、丁度点滴のチューブが抜けたところに由美子と水木が現れた。由美子の顔を見て、また幸三の心臓がドキンと跳ねた。
「重田君、大丈夫?」
「はあ、すみません。今日の編集会議……」
「主役がいないんじゃしょうがないでしょ。どう、元気になった?」
 由美子は病室に相応しくない、はきはきとした声色で尋ねた。幸三は再び動悸が激しくなるのを感じていた。掌にはジットリと脂汗が滲んでいる。
「……」
 幸三は医師の言っていた、「精神科か心療内科で診てもらえ」という言葉を思い出していた。
「ちょっと、返事くらいしたらどうなの。明日からまた走り出すわよ。それとも何か病気が見つかったの?」
 そう由美子に言われても、走れないことは幸三自身が一番よく自覚していた。
「すみません。検査に異常はなかったんですが……、明日はちょっと休みます」
 由美子は腕組みをすると、深く考え込んだような顔をし、しばらくしてから「そっか」と明るく言った。
「すみません……」
 そう言う幸三の顔には生気がなかった。
「あ、先輩のバッグ、持って来ましたから、今日はこれで上がってください」
 水木が幸三のビジネスバッグを差し出す。幸三はふらついた手でそれを受け取った。レザーと脂汗は混ざり合うことなく、不協和音の感触をもたらした。
「はあーっ……」
 幸三は自分のビジネスバッグを見つめ、深いため息を漏らした。

 翌日、幸三は家の近くの心療内科に電話を掛けてみた。そこは精神科・心療内科と謳っており、少し小洒落たビルになっている。遠くからでも目に付くので、幸三も以前からその病院を知ってはいた。逆に言えば、心療内科といえばそこしか知らない幸三であった。
 電話口に出たのは、物腰の柔らかそうな女性で、新規患者の予約は明後日になるという。今すぐにでも診てもらいたい幸三だったが、病院がそう言うのでは仕方がない。明後日の午後に予約を入れてもらい、布団を被った。
 幸三はアパートで一人暮らしをしているが、ほとんどの住人は日中、働きに出ている。布団を被っても雑音は聞こえない。自分の脈の音だけが異様に大きく聞こえた。
 目を瞑れば闇が支配している。その闇はどこまでも深く、そのまま身体が闇に溶けてしまいそうだった。