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私を泣かせてください

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 幸三の顔は少し赤かった。それは単にワインのせいだけではなさそうだ。
「そう、あなたにそう言ってもらえて、少し気分が落ち着いたわ」
 CDは一周し、また一曲目の「愛の喜び」が流れ出す。鈴木慶江の艶やかで伸びのある高音はどこまでも美しい。その美しさに負けないくらいの艶やかさを美由紀は備えている。
幸三は少し照れながらも、美由紀を見つめた。
「そうだ、これ……、編集長へのプレゼント」
 幸三がビジネスバッグから何か取り出す。それはアクリルのケースと黒地のスポンジに包まれていた。
「あっ、これは……」
「そう、ルアーで作ったネックレス。編集長に似合うかなって……」
「わあ、綺麗……。嬉しい……」
 そのネックレスはシェルのコーティングが施された、薄紫のスプーンというルアーで作られていた。シェルの光沢がどことなく優しい。
「私に似合うかしら?」
「絶対に似合いますよ。さっき会社で渡そうとも思ったんですが、編集長と二人きりになれるなら、その時のほうがいいかなと思って……」
「ありがとう。これ、着けて出勤するわ」
 曲は二曲目の「私を泣かせてください」に入っていた。
 幸三と美由紀は見つめあった。美由紀が瞳を閉じる。その上品な唇を奪いたい衝動に幸三は駆られた。本能に抗うことはできなかった。その唇に、そっと優しく、幸三は自分の唇を重ねた。見れば美由紀の閉じられた瞳から、大粒の涙がこぼれていた。
 それはまことしめやかなキスだった。お互いの唇と唇を重ね、その柔らかな感触を確かめる。そんなキスだった。
「ごめんね……」
 唇が離れた時、由美子が呟いた。由美子の顔は涙で化粧が落ちかかっている。
 顔と顔は接近していた。幸三は思わず、由美子の肩を抱き寄せた。
「あっ……」
 由美子が呻いた。頬と頬を摺り寄せる。
「私、あなたをうつ病に追い込んだのに……。こんな私でいいの?」
「この曲で泣ける、編集長の感性がいいんです」
「ああっ……」
 由美子もまたきつく腕を絡めてきた。時間が止まったような抱擁だった。
 曲は次の「私のお父さん」に移っていた。由美子は立ち上がると、コンポを操作した。「私を泣かせてください」をエンドレスのリピート再生にしたのだ。そして、由美子はカーテンを閉める。二人を覗いていた月の目が隠れた。