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私を泣かせてください

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 幸三は先日、水木と行った浅草のポルノ映画を思い出していた。女優の白い裸体が目の前にちらつく。だが由美子は三十九歳、幸三は二十四歳だ。深い仲になれるとはこの時、思ってもいなかった。それでも、幸三は由美子の方を向くと、微笑んでOKサインを指で作った。由美子は確かに美しかったのだ。

 そうは言っても、幸三は緊張していた。一回り以上歳が離れているとはいえ、独身女性の部屋に来ているのだ。緊張しないわけがなかった。
 由美子がチーズの盛り合わせをお洒落な皿に盛り付けて出してきた。そして、ワイングラス。そのワイングラスに上品な白ワインが注がれる。
 コンポからは鈴木慶江の歌が流れていた。「レガーロ」を全曲流しっぱなしにしているのだ。
「今日はこめんね。無理矢理誘ったりして……」
「いいえ、僕も嬉しかったですよ」
「あら、私の方こそ嬉しかったのよ。あなたが休暇中にも関わらず、しっかりリライトしてくるし、私の誘いにOKしてくれたしね」
 グラスがカチンと鳴った。上品な白ワインは口の中で芳醇な芳香を放った。それを舌の上で転がす。
「美味しいワインですね」
「そう、誘ってよかったわ。それにしても、鈴木慶江ってワインがよく似合うわね」
「そうですね」
 幸三はふと窓の外を見た。空には転がりそうなほど丸い月が浮いていた。幸三はまるで月に覗き見されているようで、少し気恥ずかしくなった。折りしもコンポからはドボルザークの「月に寄せる歌」が流れていた。
「ねえ、まだ私と会うのが辛い?」
 由美子が幸三の顔を真剣な面持ちで覗き込んだ。
「いいえ、辛かったら、今こうして一緒にワインなんか飲んでいませんよ。診断書どおり、一ヶ月で復帰してみせます」
 そう言う幸三の瞳は力がこもっており、それでいて優しかった。
「私って突っ張っていて、嫌な女だったと思うの。平気で人を傷つけたりもしたし……。でも仕事に対する考えが少し変わったかな。そうなると不思議なもので棄てたはずの『女』の感情が湧いてくるのよ」
「なるほどね。今までは仕事が恋人だったけど……ってやつですか」
「そうね……。でも今はちょっと違うかな。ねえ、私って女として終わってない?」
 由美子が真剣な眼差しで幸三を見つめた。
「いや、全然終わってないですよ。編集長は綺麗だし、まだまだこれからですよ」