私を泣かせてください
そして、ソファに戻った由美子は思い切り、幸三に身体を預けた。見つめあった二人は再びキスをする。今度はお互いを貪るような、激しいキスだった。飲みかけのワインが揺れた。
「編集長……」
「由美子って呼んで……」
「由美子さん……、僕……」
「私なら……、いいのよ……」
由美子の潤んだ瞳が、幸三には儚いもののように見えた。今、ここで捕まえておかなければ、どこかに飛んでいってしまうような気がした。
由美子は自ら服を脱ぎ始めた。それを幸三が手伝った。
二人が繋がった時、由美子も幸三も涙を流していた。
由美子には自分を許し、受け入れてくれた幸三が嬉しかった。そして、女に戻れた自分が嬉しかった。
幸三は自分をうつ病に貶めた由美子が変わり、その由美子を愛することで克服を試みていた。それは多分実現できそうな実感があった。重ねた肌の温もりがそれを確固たるものにしていた。
そんな二人を包むように「私を泣かせてください」は流れる。
幸三と由美子がシャワーから上がってきても、リピート再生にセットされた「私を泣かせてください」は流れ続けていた。二人は改めてワイングラスを傾ける。
由美子がカーテンをほんの少し開けた。そこには十三階から見下ろす夜景が暖かい光を放ちながら映っていた。空には転がりそうなほど丸い月が微笑んでいた。
「さあ、もう一回、泣くわよ」
由美子がソファに深く腰掛けて、ワイングラスを擡げた。幸三は呟く。
「私を泣かせてください……」
と。
(了)
作品名:私を泣かせてください 作家名:栗原 峰幸