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私を泣かせてください

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「取敢えず、『なぜか、釣りデート』の企画は延ばしたわ。水木君に特集の記事を書いてもらってね」
「そうなんですか。僕はてっきり編集長がリライトして記事にしちゃったかと思いましたよ」
「あの記事はあなたにしか書けないわ。だから、復帰まで待ってる……」
「はい……」
 幸三は残り少なくなった黒ビールを見つめて頷いた。
「それにしても、あのルアーっていう釣り具、すごく綺麗ね。あんなので魚が釣れるんだから不思議よね。あれじゃ、女の人が釣れそう」
 由美子のその言葉に、幸三は思わず苦笑を漏らした。
「あれはスプーンって言って、主にマスを釣るためのルアーなんですよ」
「釣りって面白いの?」
 由美子が真剣な顔で幸三を覗き込んだ。
「そりゃあ、面白いですよ。あのルアーで魚を幻惑させて、食らいつかせる。それだけでも楽しいのに、魚の引きを味わったら病み付きですよ」
 幸三はこの時、不思議と動悸が治まっていることに気付いていた。

 幸三の携帯電話に水木からメールが入ったのは、土曜日の朝だった。
「具合はどうですか? もしよかったら、浅草にどぜう鍋でも食べに行きませんか?」
 幸三はそのメールを見てフッと笑った。そして、携帯電話を弄る。今朝は気分が良かった。うつになってから、朝方に調子の悪いことが多かったのだが、今日は早起きし、近隣を散歩したほどだ。無論、返信メールは「了解」と打った。
 飯田屋は昼時ということもあり、満席に近かった。浅草の路地裏にある店なのだが、どぜう鍋を求める食通が通う店だ。座敷には「どぜう鍋」や「柳川鍋」をつつく客でごった返している。そんな客たちの中に幸三と水木はいた。
 この飯田屋のどぜう鍋は丸か開きで注文できる。丸はそのままの泥鰌を煮込んだ鍋で、客の好みに応じて開きでも出してくれる。
 幸三と水木は丸のどぜう鍋を注文していた。泥鰌と一緒に大量の葱を散らして煮込み、好みで山椒をかけて食べるのが、ここのどぜう鍋である。
 幸三も水木も熱燗を煽っていた。確かにどぜう鍋には酒が合う。
「先日、編集長とサシで飲んだよ」
「えっ?」
 水木が驚いて泥鰌を落とした。
「いや、俺の主治医に話を聞きにきた帰りのことでさ。編集長、ちょっと変わったか?」
「そうですねぇ、この前、僕が書いた記事、すんなりOKでしたよ」
 幸三は「ほう」と言って、水木に酒を注いだ。