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私を泣かせてください

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 幸三は渋々了承した。本当は由美子といる今でさえ、心臓はバクバクと高鳴っているのだ。それは入社以来、彼女に叱責されてきた苦い経験からくるもの以外の何物でもなかった。だが、幸三は米倉医師に叱責された由美子にも同情の念が幾ばくかはあった。そこがまた、彼の優しさでもあった。だから、「飲みに行こうよ」と由美子に誘われて、不本意ながらも断れなかったのである。
 
 三十分程して、病院の近くのカウンターバーに二人の姿を見ることができる。幸三は黒ビール、由美子はモスコミュールである。二人はフィッシュアンドチップスをつまみにアルコールを嗜めていた。
「今日、先生に言われて、かなりグサッときたわ」
 由美子がポテトを齧りながらボソッと呟いた。
「僕だって、編集長の下で一年間以上我慢したんですよ」
「そっかぁ、やっぱり我慢だったのね」
「そりゃそうですよ。記事を書くたびに、けなされて、突き返されて……。毎日、生きた心地がしませんでした」
 幸三が苦味のある黒ビールをぐいと煽った。
「私ね、どうしても『シェス』を他の雑誌に抜かれたくなかったのよ。だからプライベートもなく、仕事のことばかり考えていたわ。自分にも他人にも厳しくしてきた。お陰で『シェス』は人気雑誌になったわ。でも周りは誰も付いてきてくれない……。気が付いたら私一人よ」
 そう語った由美子の頬に一筋の滴が流れた。幸三はその滴を真剣に見つめた。あれほど自分を責め、仕事では鋼のような強さしか見せなかった由美子が涙を流している。今の由美子の横顔は鋼の女ではなく、脆い女の色香を湛えていた。
「編集長、恋人いないんですか?」
 由美子が小さく頷く。
「恋をすると変わると思うなぁ。相手を思いやりますからね。編集長ほどの美人だったら、すぐ恋人が見つかりますよ」
「私は今まで仕事が恋人だったのよ。でも、その仕事でも行き詰っている感じ……。私から仕事を取ったら何が残るっていうのよ……」
「最近、局長から何か言われたんですね?」
「すべて順風満帆だと思っていたのに、こんなところで躓くなんて……」
 由美子が涙も拭かずにモスコミュールを煽った。
「あなたは何としても復帰して!」
 由美子が力のこもった瞳で幸三を見つめた。
「そんな、急に言われても……」
「これだけは信じて。あなたの人生を台無しにしたくないのよ」
「はあ……」