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私を泣かせてください

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 おそらく幸三がうつ病になったのも自分とは無関係ではあるまいと思っている由美子であった。
 かといって、仕事に関しては妥協を許したくない由美子である。雑誌「シェス」をここまで引っ張ってきた自信と誇りが由美子にはあった。
 だが今、確実に編集部は不協和音を奏でている。その綻びが幸三のうつ病であった。
 由美子の心の中には、プライドとどうにもならない悔しさがヤジロベエのように揺れ動いていた。
(ああ、何とかしたい。どうにかならないの?)
 由美子は髪を掻き毟った。美しいロングヘアが乱れていく。
 由美子はマンションで一人暮らしをしているが、今まではその自由気ままさを満喫していた。しかし、今日は長い夜になりそうな予感がしていた。
 スッと立ち上がった由美子は受話器を取った。幸三に受診同席の了解を得るためだ。
(もしかして、私だと知ったら電話を切られてしまうかもしれない)
 そんな不安を胸に忍ばせながら、数字を押していく。
 数回のコールの後、受話器が上がる音がした。由美子はゴクリと生唾を呑んだ。
「もしもし、重田です」
 幸三はかったるそうな口調で電話口に出た。
「私よ、大田」
「あ、編集長……。どうしたんですか?」
「どう、調子は?」
「薬飲んで、一日中寝てばっかですよ。何もする気がしなくて」
 そう言う幸三の口調はかなりしんどそうだった。その空気が電話線を伝わってくる。
「気分転換とかはしないの? ほら、釣りとかさぁ」
 由美子は努めて明るく言った。
「とても釣りに行けるような状態じゃないです。たまに音楽を聴くくらいですよ」
「重田君って、どんな音楽聴くの?」
「いろいろですけど、最近はヘンデルの『私を泣かせてください』って曲ばっかり聴いています」
「そう、いい趣味してるわね」
「趣味の話で電話してきたわけじゃないでしょう?」
「ええ、今度の受診の時、同席させてもらいたいの」
「えー、編集長が来るんですかぁ?」
 幸三の口調はさも嫌そうだった。幸三にしてみれば、うつ病にした張本人が心療内科まで乗り込んでくるのだ。最後の砦まで崩されそうな気持ちになっても不思議ではないであろう。
「これは局長からの業務命令なの。私だって今のあなたをそっとしておいてあげたいわよ」
「参ったなぁ……」