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天つみ空に・其の七~恋月夜~【最終章】

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 更にもう一度、おしがの手に掴まり、浴槽から出る。お逸は、ずっと伏し目がちでけしておしがを見ようとしない。眼を開けると、零れそうになった涙がそのまま流れ落ちてきそうだったからだ。
「脚を少し開いてごらん」
 おしがに言われ、お逸は逡巡の表情を見せた。
「さ、脚を開いて」
 だが、お逸は唇を噛みしめ、烈しく首を振る。幾度促しても頑なに首を振り続けるお逸を見、おしがが小さな溜息をついた。
「良いかい、はっきりと言っておくが、これは大切なことなんだよ。お前はこれから何度も昨夜と同じことをしなきゃならない。その度に、必ずしなければならないことをこれから教えるから、よおく憶えておおき。客を送り出したら、まず真っ先に風呂に入って、中で出されたものを自分でかき出すんだ。そのことを忘れてたら、他でもない自分自身が後で泣きを見ることになる。てて親のいない赤ンん坊を孕みたくなかったら、まず、これを忘れないことだ。お前だって、罪もない赤児を闇から闇へと葬り去るようなことは、できることならしたくはないだろう?」
 見も知らぬ男に慰みものにされた挙げ句、父親さえ判らぬ子を身ごもる―、現実として、客の子を孕んだ娼妓が堕胎をするのは珍しいことではない。昨夜、我が身が清五郎の子を身ごもったかもしれぬと考えただけで、お逸は恐怖と絶望に押し潰されそうになった。
 そうなる最悪の可能性を少しでも回避するためにも、おしがは、お逸に注意を促しているのだ。
 おしがは懇々と諭すように言い聞かせた。
 お逸は小さく首を振り、脚を開く。その両脚に手をかけてぐっ大きく開かせられ、お逸が息を呑んだ。
 その大きな瞳に烈しい怯えが浮かんでいる。
「済まないね、でも、こうしなきゃア、中が洗ってやれないじゃないか」
 おしがはそう言いながら、お逸の下半身を丹念に洗い流してゆく。
「それにしても、随分と無茶をされたねえ。生娘相手に、何もここまですることはないだろうに。伊勢屋の旦那も見かけによらないもんだ。ああ、こんなに紅く腫れちまって。出血も酷い―。これじゃア、今夜は客を取るのは無理かもしれない」
 おしがの何げない呟きに、お逸は悲鳴のような声を上げた。
「あの、私、また同じことを―?」
 唇が戦慄く。
 おしがが気の毒げにお逸を見つめた。
「昨夜の今日だから、あたしも言いにくいんだが、伊勢屋の旦那は今夜もおいでになるとおっしゃってたからねえ」
「そんな」
 お逸は、たまらず両手で顔を覆った。
「おしがさん、私は元々、遊女ではありません。下働きとはいえ、女中として奉公していたはずの私が何故、こんな目に遭わなければならないのでしょうか」
 それは、ずっと疑問に思っていたことだった。突如として仕事をしなくても良いと言い渡されたこと、松風の使っていた花魁の部屋を新たな居室として与えられたこと―。すべて納得のゆかないことばかりだった。
 それに、昨夜の清五郎のあの言葉がありありと甦る。
―あの楼主は、とんだ食わせ者だぞ。たまたまこの見世に迷い込んだお前を娼妓に仕立て上げ、これから花魁として売り出そうと算段までしてやがる。
 甚佐の考えていることが判らない。
「―」
 おしがは少しの逡巡を見せた後、意外なことを教えてくれた。
 甚佐が最初からお逸を見かけどおりの醜い娘ではないと見抜いていたこと。膚を黒く染めていたことも承知の上で、わざと水を頭から被らせたこと。
―儂は、あの娘を松風以上の花魁に仕立ててみせる。あの器量、気概ならば、必ずや松風を凌ぐ太夫になるはずだと見込んでいるんだよ。
 お逸を松風の部屋に住まわせると言い切った時、甚佐はこう言った。
 とはいえ、あの時点では、まだ甚佐は伊勢屋清五郎がああまでお逸に執着しているとは知りもしなかった。それが、一昨日の昼過ぎ、事態が急転した。江戸でも一、二と謳われる大店の伊勢屋の主人自らが花乃屋を訪ねてきて、ここに当方の探している娘がいるはずだと切り込んできたのだ。
 甚佐は、伊勢屋清五郎があのたどん娘に異常なまでの執着心を抱いていることをすぐに見抜いた。そこで、一計を案じ、清五郎にお逸を買って欲しいと申し出たのだ。振袖新造の突き出しに準じたやり方で事を運び、お逸を清五郎に抱かせようと言った。
 案の定、清五郎はこの申し出に乗った。ただ惚れた女が手に入るだけではなく、女郎屋で女郎のなりをしたその女を思いのままに犯すのだ。清五郎は見かけは穏やかな物腰の商人を装っているけれど、その内面には偏執狂的な性格が潜んでいる。流石に、廓の主人として多くの人を見てきた甚佐は清五郎の素顔を見逃さなかった。
 どうやら、清五郎はお逸を八方手を尽くして探していたらしい。お逸が清五郎とどのような拘わりがあるのかまでは知らないし、そんなことは甚差の目論みには関わりない些細なことだ。要するに、清五郎がお逸に執心していることが肝要なのだ。
 惚れた女に女郎のなりをさせ、女が許しを求めるまで責め立てる。しかも、その娘はその夜、初めて男に抱かれる生娘だ―。あそこまで心を奪われていること、清五郎の特異な気質を併せて考えれば、清五郎は甚佐の提案に一も二もなく乗るに違いないと踏んだ。
 すべてを読んだ上で、甚佐はお逸の水揚げ料として、清五郎に多額の金を請求した。
 そして、昨夜、清五郎はついにお逸の前に現れたのだった。
 おしがはお逸の身体を丁寧に洗い終えると、清潔な乾いた手ぬぐいでまた拭いた。再び脚を開くように言われて、今度はお逸は素直に従った。
 おしがは口うるさいが、見かけほど悪い人物ではない―。いつか松風花魁が言っていた言葉が今更ながらに理解できた。
 おしがはお逸の秘所に手ずから薬を塗ってやりながら、低い声で言う。
「良いかい、何があっても早まったことだけは考えるんじゃないよ。絶対に諦めちゃ駄目だ。絶望しちまったら、そこで終わりだからね。生きていてこそ、良いこともあるし、いずれ花咲く日も来るってものさ。あたしが女郎をやってた頃、先輩から教わった受け売りだが、男に良い気にさせられたふりをして、逆に男を良い気分にさせて手玉に取ってやる。それが女郎の腕の見せどころだと。それくらいしたたかでなけりゃア、この苦界では生きちゃいけない、つまりは、そういうことさ」
 お逸の涙に濡れた眼がおしがをひたと見据える。
―ああ、この娘は。
 おしがの中でいたいけな娘に対する憐憫の情が湧いた。先刻見たばかりの娘の身体はいかにも稚く、乳房だってまだ小さかった。それでも、湯を弾いて輝く膚は抜けるように白く、すべらかだ。夜毎、男に抱かれる間に、娘の身体はじきに成熟してゆくだろう。形の良い乳房は豊かに膨らみ、その先端は固く尖るだろうし、腰回りはふっくらとして肉付きも豊かになるに相違ない。
 現に、この娘は男を知ったことにより、はや自分でさえ知らぬ変化を遂げつつある。この濡れたようなまなざし、熟れた石榴のような唇に男を惑わす妖しい色香が漂っている。それらのものは、昨日までの男を知らなかったこの娘にはなかったものだ。