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厨二物語・天馬崎筑子の昏睡兵器

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指定された場所に出向くと、そこは表の並木通りに面したお洒落なオープンカフェだった。
店に入ると、店員が私に話しかけてくる。
「お一人様ですか?」
元気のいい声で迎えてくれる女性店員と眼を合わせる事が出来ず、ほぼ足元を見る形になりながら尋ねてしまう。
「いえ、常連の女の人を探しているんですが…。」
そんな私の態度を気にしていないのか、気付いていてスルーしているのか分からないが、どこか納得したようにスラスラと答えてくれる。
「ああ、天馬崎筑子(あまざき つきじ)さんですね。天馬崎さんなら、そこから見える突き当りの席の人ですよ。」
指差された席には、座高が高い、長髪の女性が本に眼を落としていた。
「ありがとうございます。」
軽く頭を下げ、そそくさと席へ向かう。
女性の席の前まで来ると、女性は此方に気付いたようで、軽く手招きをして正面に座るように仕草のみで指示した。
私は指示されるままに女性と向かい合う形でオープンカフェの角に位置する場所に座った。
「あの…」
「心配しなくても、お察しの通り私が天馬崎筑子です。これ、名刺ですからよろしければどうぞ。」
やはり言いかけた私の言葉を全て含めた回答を、彼女は提示する。
「ああ。貴方、そういえば見たことあるわね。同じ学校だっけ?ならここにして正解。」
しかし、気にかかった疑問には答えてくれなかった。
「あの…」
確かにこの人は天馬崎筑子さんのはずだ。遠くからしか見た事は無いが、すぐにわかった。
しかし、店員が言うにはこの人は『あまざきつきじ』という人らしい。
口に出さないその疑問にすら、彼女はすらすらと答える。
「ちなみに同じ学校なら学校の友人に聞いたんでしょうけど、仕事中の私は天馬崎筑子(てばさき つくね)じゃなくて天馬崎筑子(あまざき つきじ)って名乗ることにしてるの。所謂仕事上の名前ってヤツね。」
まるで、心を見透かされているかのようだった。
たしかに、これはある種の恐怖を感じるには十分だが、こういう仕事をしているのなら、考えられなくも無いのかもしれない。
「それで。本題に入りましょうか。」
疑問が私の中で勝手に払拭されたのを見計らったように、淀みない声で天馬崎さんは告げる。
「あ、はい…。」
「料金制度については聞いているかしら?」
本に付箋をはさみながら天馬崎さんが尋ねる。
有料でやっているとは聞いていたが、いくらかかるのかまでは想定していなかった。
でも、この状態を抜けられるのなら、いくらかけても無駄じゃない。と、私は思う。
「あの…いえ…。」
しどろもどろする私の心境を察したように、天馬崎さんは僅かに微笑んで、
「まぁいいわ。学校関連の紹介だし。初回くらいはオマケしてあげるわ。もちろん度合いにもよるけれど。」
と、先に注文してあったのだろう、コーヒーのカップを軽く傾けた。
その堂々とした、そして優雅な仕草に、私は思わずうつむいてしまう。
今の私とは全く対照的な、明るい日の射す道を歩く人を、直視できなかったからだ。
「…私の相談…なんですけど…」
テーブルに視線を向けたままの状態で、私は搾り出すように言葉を紡ぐ。
「葛藤してるのよね。でも恋じゃない。あまり考えたくないけれど、自分の口で言ってくれると助かるわ。私だって万能じゃないもの。」
それを引き継ぐように、天馬崎さんが言った。
確かに、彼女の把握は技術的にも問題があるのだろう。口頭で伝えなければ齟齬が生じてしまうのも無理はなかった。
「…私…その…学校に行けてなくて…じゃない…あの…この話、絶対に秘密にしてくれますか?」
本当は言いたくない、でも、言わなければ始まらない…。
しかし、この人は本当に信用できるのだろうか…。ココへ来て、また不安が押し寄せてくる。
「口止め料まで金額に含んでくれるならね。まぁ、私の場合はどの程度言いふらされたくないのかを試しているだけだから、金額なんてどうでもいいのだけど。」
口止め料…つまり、私にとって、この話はどの程度の価値があり、黙っていて欲しいのかを試すものらしかった。
「…わかりました。口止め料は払います。だから、どうか…絶対に――」
「私は支払われた以上は絶対に口にしないわ。これは確約。でも私以外の誰かが洩らすかもしれないし、洩らさないかもしれない。ただ、私は確約する。」
黙っている私に、納得させるように再度言う彼女。天馬崎筑子。
「…なんなら、私が非合法でカウンセリングしているってばらしてもいいのよ?ほら、この時点でお互いがフェアに秘密を抱えてる。ここでお金の取引が来るわけだけど。」
「人ってさ。何も無い約束、実体の無い事。本当の意味で信じてるわけじゃないのよね。だから私はお金に縋る。貴方はお金で私に縋る。ね。何処まで行ってもフェアでしょ?」
そこまで一気に捲くし立てて、彼女は軽く息を吐いてから、再度コーヒーを傾けた。
天馬崎さんがカップを置くのを見てから、私は口を開く。
「…私…実は少し前から薬物を…はじめてしまったんです…。それで…――」
自分で言っていてとても情けない気分、申し訳ない気分になる。それと同時に、薬への欲求が徐々に高まってくるのを感じた。
「ヤク中から抜け出したい。と。でも自分の意思だけじゃどうにもならない。で、お友達から私を紹介された…って事で良いのかしら?」
そんな私の状態を読み取ったかのように、天馬崎さんは私の言葉を引き継いだ。
「…はい。」
私はそれに、ただ、短く肯定するしかなかった。
天馬崎さんが大きくため息を吐いた。無理も無い。彼女は非合法でやっていたとは言え、あくまで表でやっていたはずだ。
麻薬なんて法律に大きく触れるものについて取り扱った事などないだろう…。
「……はぁ…。簡単な相談だと思ったんだけど。論外とヘビィだったわけだ。」
私を見ながら言う彼女の目線は、どこか哀れんでいるような気さえする。
「すみません…。無理なら、忘れてください。」
視線に耐えられず、私は俯きながら消え入るように呟いた。
確かに、ただの一高校生にするべき話じゃなかったのかもしれない。
本格的に警察に出頭しようか考え始めるか否かのところで、天馬崎さんは私の手を取った。
「無理なんて誰が言ったのかしら?…まぁ、そんな下種い話はこんな所でする話じゃないわね。」
そう言いながら立ち上がり、荷物を纏め始める。
「…え、あの…」
困惑する私を他所に、受付までぐいぐいと私を引っ張り、注文していた分の料金を支払う天馬崎さん。
その財布の中にはお札が何枚も入っていた。普通の女子高生とは思えない金額。
垣間見えた金の量に僅かな不安がよぎる。
「続きは事務所で聞くから、結構近いけど、その間お薬は大丈夫?」
しかし、その思考を断絶するように、天馬崎さんが私に軽く声をかけてくれる。
「あ、はい…不思議と今は、大丈夫そうです。」
答えると、それすらも予想済みだったと言わんばかりに、此方を見ずに迷いなく道を歩いていく。
「でしょうね。」
言いながら角を曲がり、薄暗い裏路地へと入ってゆく天馬崎さんに手を引かれ、私もまた、昼間でも消えない闇へと足を踏み込んで行った。
事務所までの道はあまり覚えていない。