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こわっぱ・竜太

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 みねが忠義候の側室に加えられたのはまもなくのことである。権左衛門が国許から支度金を届けた。竜太は小者として使役される。俵屋は小浜藩御用達の看板を掲げた。若狭の物産を一手に扱う許しを得て商売が盛んになる。半助は士分を離れた侍たちを雇い、彼らが所属していた藩の物産を商うように仕向けた。勤皇か佐幕かの争いから官軍と幕軍の争いに変質したことで各藩に動揺が生まれている。半助は其処に目をつけたのだ。藩が存続するにしろ廃絶されるにしろ必要なものは資金であるから、資金稼ぎの商いに藩は血眼になるだろう、それを援けるのならば脱藩者であってもあきんどになっている旧藩士と商いすることが利巧であると思えば抵抗感を持たないだろう、抵抗するのであればそんな藩は切り捨てたほうがいい、取引先の選別が出来でむしろ好都合だと、半助は踏んでいた。
 半助のこの戦略は、侍たちに稼ぎに応じた報酬を支払うという条件と、忠義候が俵屋の後ろ盾であるということで、侍たちの心をつかむのに成功した。
 半助の信用を高めたのは忠義候の側妾となったみねである。みねは寵愛を受けて忠義候の心をつかみ何かと俵屋の便宜を図っている。公武合体の工作以来、幕府からは朝廷に味方する軟弱大名のそしりと処罰をうけ、朝廷からは幕府方として懐疑をもたれていた忠義候だが、双方に信頼を寄せてくれる仲間も居た。いま、忠義候はその仲間と脈絡を通じている。
「先を見据えた世過ぎを殿はなさいませ。これからは農民や町人が力を持つ時代になりましょうから大切にお付き合いなさるがよろしいと存じます。俵屋がお役に立たせていただきましょう」
 みねは、忠義候の立場を心得ていて、朝廷方とも幕府方ともそれなりの接し方をしている。俵屋を介して両者を結びつけることでそれぞれの面子を立て、実利を分け合うように運ぶことを思いついた。そのためには、若狭の物産が官軍に独り占めにされないように幕府方の諸藩にも売り捌く手立てをたてなければならない。そこで半助と相談し、国許の物産を市場で自由に捌くように布令を出してもらい、市場の運営は権左衛門にお任せいただくよう忠義候に願い出た。
「国許の生鮮魚や干物、野菜と果物などの相場が自由に競りで決まりますならば、官軍や幕府方に徴収されるよりも実入りが多いことは必定でございます。それで藩の財政も潤いましょう。農民の地租や年貢を減免し、商人の商いを奨励されますと、若狭に活気が生まれまれ、戦乱にも強気で生きるようになるのでは、さすれば殿のご威光も高まり、藩政が安定すると考えまする」
 半助が忠義候の御前に伺候して恐る恐る進言する。みねが殿のおそばにいて聞いている。
「これからは商人を重宝になさいませ。商人は全国を廻っていますから諸国の事情にも詳しく物産にも明るいのでお役に立ちましょう。諸国との交易で藩も領民も豊かになりますれば朝廷も幕府も吾等を尊重いたします」
 みねは、忠義候の鬱積した不満を晴らすのはこのときとばかり、口添えをしている。忠義候はその言葉に動かされたように頷いていた。

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 半助とみねが口を合わせて建議したのは農本主義の幕藩体制から重商主義への移行である。若狭の国の民ならではの発想であった。侍の時代が終わり農民が抑圧から解放されれば物産を扱う商人が時代の主役になると、権左衛門が言っていたことが現実になろうとしている。二人はそれを忠義候に吹き込んだのである。
 このとき、竜太は熊川宿の問屋場で権左衛門に会っていた。若狭の情勢を詳しく聞き取って忠義候に伝える役をおおせつかっていたのである。こわっぱであった竜太もこの数年の苦労で大きく成長していた。
「若狭の殿様は新しい国づくりをなさるおつもりだと聞いておりやす。そこで、旦那さんの力を借りたいそうで、わっちにおっしゃるには、権左衛門に物資の調達や運搬の使役隊を編成するようにわが意を伝えよとのことでした。殿様は内密に事を運びたいともうされていました」
 権左衛門は、竜太の言葉の裏から、忠義候の真意を汲み取ろうとしていた。藩命では都合の悪いことがおありなのだろう。領民の自発的な動きで藩に協力する使役隊が生まれたという体裁を求めていらっしゃる。これならば使役隊が官軍と幕軍のどちらに着いても藩にお咎めが来ることは無い。それに、領民は両軍の何れをも応援できる。問題が起きても責任は権左衛門がとれというお指図であろう。このように思案しながら権左衛門は殿の意向に従うべく先のことを考えていた。
「藩軍は官軍の先鋒を務めて北陸道の征討に行くと聞いて居るが、藩士の中には幕軍に参加する者も居るそうじゃ」
 権左衛門が声を潜めて言うと、竜太がそれに応えるように、「彰義隊に参加するという噂が京では流れていやす」と、洩らした。権左衛門の顔が暗くなる。そして、「藩士の家族の面倒も見てやらねばならぬ」と、呟いた。
 竜太は目を見張っている。旦那さんは殿様の依頼を引き受けなさったのだ。その先を読んでいらっしゃる。藩のお侍が敵と味方に別れて戦えば困るのは残された家族たちだ。農民も動揺するだろうし商人も商いが出来なくなる。治安が乱れ悪者が跋扈するだろう。竜太は、若狭之国ために旦那が、侠客道の血を取り戻しているように思えた。
「殿様や藩のお侍では出来ねえことを旦那さんはやろうとしてなさる。昔のお仲間をあつめなさるのかねエ。使役隊は旦那さんの軍隊になるんだもの、殿様と肩を並べなさることじゃねえかエ」
 竜太は興奮気味だった。うちの旦那が殿様を助けなさる。侍が威張ってる時代ではなくなったことを竜太は肌身で感じ取っていた。
「竜太、お前はどうするか、帰りたければ若狭にもどってきてもいい。殿様にはわしから頼んでやろう。戻ってきてとよ婆さんの世話をする気はないか。そうすれば、みよも喜ぶだろう。安心して殿様にお仕え出来るというものじゃ」
 権左衛門のこの発言に竜太は身を動かして驚いた。思いもしなかったことである。旦那さんは俺のことを軽く見ていなさる。京へ出てからの俺はこわっぱじゃない若衆じゃ。若狭の殿様の御用を勤めている。やすやすと若狭に戻ってこれるものではない。竜太は不満であった。
「旦那さんのおっしゃることがわかりませんよ。俺はいま殿様のお指図を受けて働いてますだ。殿様の命令で多くの藩の藩邸や公卿屋敷にも出入りしていやす。物産商いで身を立てるのが俺の希望だす。若狭に戻るのは勘弁してつかわせ。お願いしますだ」
 竜太は深々と頭を下げる。権左衛門は、しみじみと竜太を眺めていた。
「竜太、おのれは京でよほどの苦労をしたらしいの。三年ばかりの間に、すっかり人間が変わったぞ。こわっぱとばかりおもっておったに。そこまで言ううからには覚悟はできとろうの。わしから離れていい。殿様の配下になってせいぜい踏ん張ることじゃ」
 権左衛門は竜太を突っ放した。その語気の強さに竜太は驚く。旦那さんを怒らせて仕舞ったと感じた。
「俺は旦那さんの配下だから殿様に仕えているだ。旦那さんに見放されたら殿様の御用を勤める事も出来ネエ。俺の話し方が下手だったんで旦那さんに誤解されたんじゃネエか」
作品名:こわっぱ・竜太 作家名:佐武寛