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こわっぱ・竜太

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「誤解じゃないわな。おのれの言ったことはわしから離れたいといったも同然だ。わしはこのぐらいで怒る男じゃない。おのれの覚悟を確かめたのじゃ。おのれに二人の主人はいらぬ。それを諭したまでよ」
 権左衛門は竜太の成長振りを頼もしく思っている。これなら殿様のお役に立つだろうと確信していた。竜太には権左衛門のこの心がまだわかっていない。捨てられたというおもいが強い。
 権左衛門の許を離れた竜太は、京へまっすぐに戻り俵屋に着くと、半助に若狭での出来事を話した。その中で、権左衛門の旦那とのいきさつを伝えたのはもちろんである。それを聞いた半助は、頷きながら、
「おかしらは、竜太、てめえに賭けたのだ。突き放したんじゃねエ、てめえの器量をみぬきなさったんだ。殿様の御用を勤めさせても間違いは起こすめエと、踏みなすった。おらが、後見になるでエ、みよと、力を合わせて、しっかり勤めねエ。おかしらからの指図は、いずれ、おらに来るはずじゃ」
 半助は、博徒の昔に戻った口調で竜太を励ました。こうなれば裸の人間同士のつきあいだ。体裁を繕う必要は無い。竜太も気が楽になったのか張り詰めていた心を解いたようである。
「そうどしたか、それには気付かずに滅入っていやしたが、心を奮い立たせて仕事をやらせていただきヤス」
「そう来なくちゃなんめエ。おかしらには、一生一代の正念場ってことよ。とよ婆さんのことを、おかしらが心配なすったのは、みねに安心して働いてもらうためでもあったのよ。それで、おめえに、白羽の矢を立てなすった。それをおめえが断わったので少しは腹をたてなすったろうが、おかしらのことだ、おめえの言い分を受け入れなすった。そうじゃねえかえ」
 半助は、徳利から酒を湯飲みに移しながら、竜太に話し掛けている。店の使用人は出入りしない離れ座敷である。
「そうだす。それに間違いねえですだ」
「これからは、おめえの働きひとつで、おかしらは動きやすくもなれば動きがつかなくもなる。殿様の指図を段取りよく果たすんだ。あきんどを味方につけねばならんぞ」
「わかっとりやす」
 竜太は、半助の言葉に温かい思いを感じていた。半助は、藩の状況について、みねから聴き取っていることを竜太に伝えた。
「殿様は、いまは官軍に恭順しているが譜代の意地もあるとおっしゃったそうだ。われらは、それを心得て動かねばならぬ」
 竜太は、半助の言ったことが妙に気にかかったが聞き返さずに、藩邸に戻る。竜太がみねに会ったのはそれから数日後だった。このとき、みねは、忠義候の密書を竜太に託した。
「権左衛門殿に殿から火急の命じゃ」
 みねの改まった口調に竜太は驚いた。その言葉を聞いたとき瞬間、耳を疑ったくらいである。着衣も振る舞いを誇張するようであった。目の前のお人は、確かにみね姐さんなのだが、別人としか思えない。
「殿様に申すことがあれば伝えて進ぜるゆえ、なんなりと申すがいい」
 みねは、広縁の真ん中に立ったまま、庭先に畏まっている竜太を見下ろしていた。みねのそばには侍女が床に腰を下ろして控えている。竜太は緊張していて何もいえない。
「竜太は畏まってお受けしたと殿様にお伝えしよう」
 みねは凛とした声で言うと、裳裾を翻して廊下を去る。その後姿を見送りながら竜太は、みねの変身に唖然としていた。なぜだ、なぜこれまでのように親しく話してくれんのか。竜太は淋しい思いをしながら後ろ髪を惹かれるようにその場を去った。この日、俵屋に戻った竜太がそのことを半助に話すと、
「周囲を警戒してのことじゃろう。藩邸の意見が乱れとるからみねも動き辛くなったと思わねばならんぞ。格式で話すのはその証拠だ。それをおめえに覚らせるためだったと思わぬか。それぐれえのことが読めねえとは、おめえがこわっぱの証拠じゃ。口ではでっけえことを言っても、人の心を読めねえならば役にたたねえ。おのればっか見取るから他人のことがわからんのよ。みねの身になってみたことはあるめえ」
 竜太は胸を刺される思いだった。権左衛門の旦那もみね姐さんも、俺と距離をとったという思いが先走って、不満と不安に駆られていた竜太には、半助の話は思いもつかないことだった。その様子を見て取った半助は、すかさずに言った。
「おめえのことは、おかしらが心にとめてなさる。余計な心配をせずに今のお勤めに励む事じゃ。みねも陰から支えてくれよう。すべてはおめえのこれからの働きぶりによることよ。おめえの希望があれば、おかしらにもみねにも伝えてやろう」
 竜太は、気を惹かれたように、「あきんどになりてエ」と口走った。
 こんなことがあって半年後、竜太は俵屋の手代になり、諸国物産の商いを手伝うことになった。藩邸屁の出入りにもそのほうが何かと便利であるという、みねの口添えがあり、権左衛門の承諾を半助が取り付けたのである。この頃、権左衛門たちの働きが功を奏したのか、領内は平穏に保たれ、忠義候は版籍奉還後の小浜県知事に任ぜられた。(了)





 






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作品名:こわっぱ・竜太 作家名:佐武寛