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こわっぱ・竜太

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 みねは、驚いたように尋ねた。その目は権左衛門をまじまじと見詰めている。
「それは脇の仕事だ。みねの本業は芸妓だ。接待役だと思っておれば良い」
 こんな会話があってから数ヶ月が経ち、宿場は戦の話しで持ちきっていた。官軍がやってくるぞという者もいれば、幕軍が江戸を発って中仙道を上っているというものもいた。
権左衛門はその間に宿場の防備を固めるように旅籠、料亭、商店などに格子窓や格子戸を備え付けさせた。問屋場は外側を鉄製の防御柵で囲い、鎧戸をしつらえ、馬屋も外から侵入できないように木柵を鉄板で取り巻いた。みねはその様子を見て、世情のただならぬものを肌で感じ、権左衛門の言いつけを進んで受け入れようと決断した。心が決まると直ぐに、
「この宿場のためにはたらかせてもらいます。旦那さんのお役に立ちたいですから、どんなことでもやらせてもらいます」と、健気に申し出た。
 権左衛門は、大きく頷いてこの申し出でを受け入れると、机の後ろにある金庫から小判を取り出してみねの掌に包ませて、
「とよさんに渡してやれ。みねがこちらに寝泊りして修行する間の暮らしの費用に使うが良いといってな。みねには、料亭・鯖屋に部屋を用意するから、そちらに移ってくれ。師匠もおっつけ京からやって来るから、三味や踊りを習うが良い」
 権左衛門は一気に言ってからみねの肩を両手でなでた。みねは十八歳だが、この頃は年増と呼ばれていた。その風貌やしぐさはすでに大人である。権左衛門の言うことを十分に理解しているように頷いていたみねは、
「旦那さんに拾ってもらったいのちですから、旦那さんに差し上げるつもりで働きます」と、きっぱりと言った。それは、これからの自分の仕事の意味を呑み込んでいるように、引き締まった表情であった。
 このときから凡そ一年が経った頃、芸妓・友月が誕生する。宿場の往来は武士の集団や浪人風の侍が以前より多くなり、商人や町人達の数は少なくなっていた。小浜からの荷駄はこの宿場を通過して京に屯する幕藩の屋敷に届けられる荷が増えている。かなりの軍勢が京に集結しているという噂が真実らしいことは荷駄の多さで確認された。佐獏派と倒幕派が睨み合って小競り合いを繰り返し、新撰組と勤皇浪士の暗闘が京の町人達を不安に陥れているという情報も帰り荷の馬方達や往来人の口から伝わってくる。みねは、料亭に上がってくる客にその噂を確かめるように尋ねて、情勢の分析をする。その中で、佐幕と倒幕のどちらが優勢かを判断し、逐一、権左衛門に伝えた。
 若狭街道は糧道で熊川宿は往還の要衝でもあったから、官軍も幕軍もここを抑えて補給基地にするだろうと権左衛門は想定していた。この宿を現在、実質的に治めているのは権左衛門であったから藩の役人も彼の意向にしたがって動いている。だから何事につけても権左衛門の指図があるまでは動かない。この伝令役をしているのが竜太である。こわっぱである竜太を藩出身の宿場役人は軽視し竜太の前で権左衛門に対する日頃の不満を垂れ流すように喋った。その言葉は竜太から権左衛門に伝えられる。
 藩の侍は博徒出身の権左衛門の指図に従わねばならないことを快く思っていない。かといって自分たちが宿場を治める自信は持っていない。天下が騒然とし武士の威信は地に落ちているも同然であった。中でも、宿場のあきんどたちは、佐幕か倒幕かはどうでもいいことで、自分たちの商売が続けられるか、どちらに着けば利巧かに関心があった。竜太はそうしたあきんどの会話も耳に収めていた。こうした場合、竜太がこわっぱであることが幸いした。あきんどたちは竜太を気にしないで,京都の情勢や藩の動向を喋りあっている。
 一方、みねは料亭の勤めにも慣れて評判の芸妓になっている。こちらの客は、身分のある侍とか、羽振りのいいあきんどなどで、藩の重役が接待する客もいる。その中に公卿らしい人物がいて、お供も数人付いていた。みねはその席に呼ばれて京舞を披露したのだが、久々の京の風情に触れたと喜ばれて、その夜は女将の計らいでこの客のねやにはべった。この縁が後日、権左衛門を援けることになるとは、みねはこのときは思いもよらなかった。
 
                 五 
 藩は鳥羽伏見の戦いで幕軍に味方して戦うらしいという情報が権左衛門の耳に入ったとき、彼は竜太を京に走らせることにし、みねには幕府方の動静を客から聞き出すことを命じた。
権左衛門にとってはどちらが勝つかはかかわりの無いことでこの宿場を守るためには勝つほうに肩入れしておかねばという思いが働いていた。
「京へは若狭の魚、貝類、野菜などこの土地の産物を持って行って町方にも武家屋敷にも熊川宿から来たといって差し上げるのだぞ。そして京の情勢を聞き出すのだ」
 権左衛門は竜太がこわっぱであることを計算に入れていた。こわっぱならば相手も警戒せずに話してくれると踏んでいたのである。竜太は頷いて応える。荷駄運びに慣れている竜太であるが京へ行くのは始めてであるし戦があるというので不安であったが、京を見てみたいという好奇心も動いていた。それに権左衛門の役に立ちたいという気持が先に立っている。その気持を、「俺は旦那さんの役に立つことなら何でもする」と、みねに伝えた。
 熊川宿から京までは朽木宿を通って十五里だが山越えの難所がある。道になれたものでないと難渋するのだが竜太は平気だった。京へ行って何が起こってるのか自分の目で確かめよう。これから生きてゆくのにはそれしかないとおもっていた。そのためならどんなことがあっても怖くない。戦に勝つのはどっちかそれを確かめよう。旦那さんもそのために俺を京へ行かせるんだ。竜太はその思いに駆られて荷駄を運んでいる。
 道中は京に近付くにつれて騒然としてくる。大原を越える頃には街から逃げ出しで来たと解る町人が荷車に家財道具を積んでやってくる。竜太はその連中に若狭の干物を差し出して、「食ってくれ」という。相手が怪訝な顔をすると、
「俺は熊川宿から来たもんだ。京はどうなっとるかえ。戦がはじまっとるのか。薩摩や長州と幕府方があらそっとると聞いてきたが、どんな具合だえ」
と、竜太は畳み掛けるように聞く。荷車を曳く男女は幼い女の子を車の後ろに乗せている。
「戦はどちらが勝とうとわし等には関係ないことだわ。物騒な街で悩まされてきたが、勤皇の志士どもと新撰組の連中が切りあいをしとった頃はまだ公方さんの威光があったで安心だったがよ、薩長の軍隊が禁裏の守護についてからは町家もあらされるし、し放題の暴れようよ。幕府方が京に上ってくるらしいが、そうなりゃ衝突は間違いない。薩長は新式の大砲で撃つといっとったよ。何でも、西洋式の戦争になるんだとか。幕府側は諸藩が参加して大軍になっとるというが、肝心の公方さんには戦う気が無いらしい。幕府はもうあかんのと違うか」
 この男は切り捨てるように言った。そばで女が男の腕を引っ張って、
「はよゆこ、日の暮れんうちに在所につかなあかんから。あんたさんも注意して行きなはれ。町中まではまだ随分とあるからいそがなあきまへんで。宿はきまっとりなさるかえ」
と、気遣うように、急かすように言う。
作品名:こわっぱ・竜太 作家名:佐武寛