夜のなく声
すべてを思い出し、私の意識は過去から現実に戻された。
漆黒の少年、黒猫は語る。
「俺はお前などどうでもいい。生きていく糧が欲しかった。食糧があればそれでよかった。それだけだ。けれど、お前は俺を愛した。そうだろう。愛など生き物には不必要なのに」
「そして、殺した」
私の背筋に冷たいものが走る。この場から逃げ出したい気持ちになる。これは私の罪。私の罰。決して逃げることはかなわないのだ。
ああ、この少年の名前は……。私はやっとその言葉を思い出した。
小さい頃の私の言葉。
”あなたは夜だよ。真っ暗な夜。わたしは朝だからおそろいだね”
猫の名前は「夜」。漆黒の闇の名前。恐怖と安らぎの夜。
私の名前は朝野美弥、「朝」。白く照りつける光の名前。優しくも残酷な朝。
朝と夜はひとつでふたつ。
けれど、朝と夜は決して出会うことの無い双子。
最も近くて果てしなく遠い存在。
黒い猫は、夜は冷たい瞳のまま言う。
「お前を殺してやるよ。それが俺の心残りだったから」
夜の手が私の喉にかかる。ひんやりと冷たい手には、それでも暖かさが宿っているように感じた。私の心は不思議と凪いでいた。罰を受けられることに安堵しているのかもしれない。私は罪深い。自分の犯した罪を思い出すことも無く生きてきたのだから。最低な生き物。
夜は無表情な顔で私を見ていた。
夜が小さな声で呟く。
「お前は何を望む。俺は何を望む」
私の望み……、黒い闇に染まって何も見えなくなること……。今ならそう思える。夜の望みは何なのだろう。私が奪ってしまった生は。
夜の指が私の喉に食い込む。次第に苦しくなってきて、私の手は夜の手を引き剥がそうともがく。そんな自分を抑えようと私は自分の心に抗う。
「美弥、お前は何を思っていた。朝、お前は何を思っていた」
私は、わたしは、わたしは……。
…………。
……………………。
そのまま私の意識は暗闇へと沈んでいった。