夜のなく声
黒い瞳、黒い姿、黒……。あの日……。
次第に記憶が戻ってくる。なぜ忘れていたのだろう。あんなにも大切だったのに……。
ああ、そうだ、黒い、生き物。
闇夜の黒猫。
私は小さい頃猫を飼っていた。正確には河原に住んでいる猫にいつも餌をやっていた。
小さな黒猫がひとり。親猫はいないのだろうか、やせ細った体で精いっぱい生きていた。鋭い漆黒の瞳で私を睨んでいた。
あの黒猫が復讐しに来たのだ。
あれは、私の罪。
少年は唇を薄く笑みのような形にして言う。
「俺の名前はね、――――」
風にはばまれて、それ以上声が聞きとれなくなる。
幼い頃私の家は両親が忙しくて不在がちだった。そして、私には友達もおらず、いつもひとりぼっちだった。
そんなときあの黒猫と出会った。一人ぼっちの黒い子猫。私にはその黒い色が目に焼き付いて取れなくて、心から消えてくれなかった。そのさびしい姿が自分と重なったのかもしれない。
私は時間の許す限り、黒猫といつも一緒にいた。何をするでもなく、ただ、そこにいる。猫がいなくなったら、また帰ってくるまで待っているだけ。
猫が餌を食べる姿を眺めているだけ。
生きると言うことを見つめていただけ。
それだけだった。
人に懐く猫ではなかったから、一緒に戯れることもなかったけれど、傍にいることを拒みはしなかった。餌が欲しかったのだろう。それでよかった。
私は黒猫を愛してしまった。
孤独だったからかもしれない、ひとりに耐えられなかっただけかもしれない。それでも、私はあの黒猫がたまらなく愛しかった。愛しくなってどうしようもなくて、心が乱れていくのが苦しかった。大切な存在があるのが怖かった。
私のひとりの世界が壊れていくようで、自分の心を嫌悪した。心が少しずつ漆黒の闇に染まっていくように感じられたのだ。
……だから、見捨てた。
あの日、雨が激しく降っていた。
私はいつものように黒猫に会いに河原へとやってきていた。すると、いつもいる場所に猫がいない。
不思議に思い周囲を見回すと、川辺で何かが動いているのが見えた。その日は激しい雨のせいで川は増水していた。嫌な予感がして近づくと、あの黒猫が川に落ちまいと必死に這い上がろうとしている。
助けなきゃ、私は慌ててそばに寄って手を差し伸べようとした。
……けれど、一瞬ためらった。ためらってしまった。
私はこの黒猫の存在に怯え始めていたから……。何と身勝手な理由だろう。
そして、その一瞬で黒猫は水に飲まれ川の中へと消えてしまった。私のためらいが黒猫を死に追いやってしまったのだ……。
私は立ち尽くした。一瞬の出来事に呆然としたまま。雨の中、傘もささずに、ただ、立ち尽くすしかできなかった。
私は大切な命を永遠に失った。
……けれど、その後、私はすべてを見ないふりをして、瞳を閉じてしまった。決して助けられなかった。私のせいじゃない。そう言い聞かせながら。
そして、記憶から消してしまった。