夜のなく声
瞳を開けると世界には真っ暗な夜が広がっていた。私は星空を見つめる。体は草むらに横たわったままだ。
黒い闇夜の瞳。
「夜になったな」
色の無い唇が語る。
「お前の好きな夜だ」
その言葉に意識が覚醒し、急にすべてを思い出した。苦しい……。
「けほっ、けほっ……。う……、私どうして……」
生きている。私は喉もとに手をやって問いかけた。けれど、私の問いに夜は何も答えない。ただ何も映さない静かな瞳でこちらを見ているだけだ。漆黒の瞳はすべてを包み込んで奪ってしまう。
「俺はお前を許さない」
その冷めた瞳に私は許された訳ではないのだと思い知る。きっと、懺悔の言葉を口にすることすら許されない。それならば、私のことも苦しめてくれればいい。
静寂の夜。深くすべてを沈めてしまう闇。今、私は何を言うべきなのだろう。……何の言葉も出てこない。
それから、二人黙ったまま夜空を眺めていた。夜の世界を見つめていた。
夜の世界は静寂な闇。私も夜に溶けてなくなってしまったかのように錯覚する。その深い闇に囚われて二度と帰れなくなればいい。淡い思いを閉じ込めて、深い空に還してしまおう。夜はひとつ。
……どれくらいの時間が過ぎたのか、一瞬のようにも永遠のようにも感じられた。夜はぽつりと言葉を口にした。漆黒の瞳は空を見つめたままだ。
「夜は朝になる。朝は夜になる」
夜は泣かない。それでも、不思議と私には夜が泣いているように思えた。あの黒猫も鳴かなかった。必要なとき以外滅多に鳴かない猫だった。けれど声も無くないている。
夜も朝になりたかった? 私は夜になりたかったよ。
「私は夜になりたい」
素直な気持ちが口をついて出た。
夜は空を見上げたまま言葉を紡ぐ。
「お前は朝だ。そして夜だ。空はひとつだ。無限の星も、輝く太陽もすべてお前の物だ」
私はその言葉が煌めく星々のように綺麗だと思った。静かな気持ちが心を満たしてゆく。夜の闇とは安らぎだ。
「瞳を閉じろ」
夜の言葉に従って私は瞳を閉じた。瞳の奥の世界は無の暗闇だ。夜の言葉だけが耳に響く。
「お前は、罪を知った。俺は夜になることができるなら、朝になることができるならそれでいい」
「お前には生という罪を。生という罰を」
「夜は終わらない、朝は終わらない」
「空は永遠だ」
夜の言葉が私の心に溶けて沈んでゆく、融解する気持ち。そのまま私は暗闇の中で瞳を閉じて佇んでいた。
ひとり。
心は静寂で、けれど、泣きだしたいような悲しみがあった。
……しばらくして瞳を開く。目の前には夜の世界が広がっているだけだった。誰もいない。今までのことがすべて夢であったかのように静かだ。私はひとり、闇の空を見つめ続けていた。
さようならは言わない。夜はここにある。
私はここにいる。
私は決して許されないことをした。私は自分を罰して生きなくてはいけない。苦しみを、痛みを、嘆きを与える。夜は私を許さない。私は私を許さない。
けれど、私は夜に死を与えてもらうことはできなかった。私は罪と罰を背負って生きていくしかない。
空。夜の闇が消えて、鮮やかな朝日が空を染めようとしていた。
朝が生まれてゆく。
朝になる。
そして、また夜が来る。
永遠に。