夜のなく声
黒の少年は私を見下ろしたまま言った。
「お前は生き物は大切だと思うか」
「え……」
突然の問いに戸惑った。私は生き物や動物に対して苦手意識が強い。大切かどうかなんて考えたこともない。けれど、何かが心に引っかかる……。私は思うままを口にしてみる。
「大切かどうかは、わからない…。生き物は苦手……。怖いです」
「そうか。それなら、いい」
少年はそう言うとまた川の方を向いた。その言葉がどういう意味なのか私には分からない。私にはこの黒の少年を、黒の生き物を理解することはできない。
けれど、私の心にはどこか焦燥めいた熱い感情が起こっている。なぜだろう……。私は大切なことを忘れている、そう思えた……。
少年は言葉を続ける。私に話すというよりは一人語りのように思えた。
「生き物はちっぽけだ。人も、動物も、皆必死に生きて、けれどあっけなく死んでしまう。その命に価値などあるのだろうか」
少年の言葉に、私は返す言葉を持たない。命の価値……私には分かるはずのないものだから。
私は命を軽んじて生きている存在。私は罪人(つみびと)。私の命こそ何の価値も無いのではないだろうか。なぜだろう、なぜそう思うのだろう……。
黒い命。
一瞬、目の前が揺らいだ。黒い幻影。
忘れ去られた記憶の扉が開こうとしている……。
ふと、目の前を流れる川の流れが目に映る。透明な水はすべてを飲み込み流れてゆく。人の手の届かないところまで……。穏やかなはずのその流れが怖くて、私の体は冷たくなってゆく。
少年は再び私の方を向いた。私はその黒い瞳から目をそらせなくなる。漆黒の闇夜。絶対の安らぎを、絶望を、永遠を、恐怖を与える闇。私は夜の闇が好き。いつも憧れて、そして恐れていた。どうして……?
目の前の景色が、私の意識が混濁する。様々な風景が入り乱れて、過去か現在か、今自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。その中で見覚えのある場面が浮かぶ。
雨、黒、川、私、ふたり、ひとり。
あのとき、あのとき、私は……。
そして少年の瞳へと意識は戻される。漆黒の瞳は深淵。深い闇がこちらを見つめていた。
黒は言葉を紡ぐ。
「この川は俺の死んだ場所だ」
「俺は復讐しに来たんだよ。お前に」