夜のなく声
どれくらい歩いたのか、街を抜け、辺鄙な郊外までやってきた。どこか見覚えのある風景。そうだ、ここは私が以前住んでいた町だ……。
今住んでいるところから遠くはないが、引越してからは一度も訪れることが無かった場所。なぜだろう、思い出すことすらなかったように思う。
歩いている間中少年が口をきくことは無く、私は白昼夢でも見ているような不思議な気持ちで歩いていた。流れゆく懐かしいはずの街並みを他人事のように眺めていた。
これは現実だろうか、私は不可思議な世界に迷い込んでしまったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。けれど、わたしの手首を掴む少年の手の力の強さに現実だと思い知る。痛みだけが不確定な世界と私をつないでいた。
少年の黒い姿を瞳に映し、青い空と黒の色が綺麗だなと思った。
そして、なぜか悲しかった。
黒の少年は町を歩き、住宅街を抜け、町の端を流れる川にやってきた。川は静かに流れていて、人の姿も今は見えない。
感情を映さない漆黒の瞳で、川をしばらく眺めた後、少年はようやく私の手を離した。私は何かの呪縛から解き放たれたような気持ちになった。手首を見ると、掴まれていた部分に赤く跡が残っている……。自分の心が負けてしまいそうな気がして手首をさする。
私も川を眺めてみる。大きな川ではないが、当然知らないわけじゃない。私は何度もここへ来たことがあるはずなのだ。……けれど、不思議とこの川へ来たことが思い出せない
少年はそんな私の心を見透かすようにこちらを見た。漆黒の瞳には、怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情が宿っているように感じた。いや、その思いは私には窺い知ることはできない……。
少年は言う。
「まだ分からないか。お前は、残酷で身勝手な人間だから」
「朝だから」
朝、その言葉に特別な響きを覚えて私の心は波打つ。朝は優しくて残酷な光……。先ほどの少年の言葉を反芻する。それはまるで私が語った言葉のように自然と心になじんだ。
そして、少年は私に近づいてきた。鋭い眼光に囚われそうになる。
「この目に覚えはないか。漆黒の闇夜だ」
そう言って少年は私に自分の瞳を覗きこませようとする。その深い闇色に飲まれてしまいそうで私は怯えた。怖い、怖い、怖い。
「いや……」
「見るんだ。それがお前の罪だ。お前の罰だ」
少年はそう言って私の手首をつかみ自分の方へ向かせようとする。その力は強い。痛い……。私は何とか逃れようと後ずさった。
「や、やだ……っ」
そして、逃げようとした拍子に尻もちをついて草むらに座り込んでしまう。ああ、情けない。私の心はぐちゃぐちゃでもう泣きだしそうだった。
少年はそんな私に落胆するような、軽蔑するような表情を見せた。
冷ややかな瞳。無表情なのだから、私の心がそう思わせただけかもしれない。