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卍の謎

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 泰子がお遍路に出た本当の理由は何であったのか、それを詮索することはむなしい。彩夏にそれを説明することもむつかしい。すべてがわかっているようでわかっていないのがこの事件である。泰子がその秘密を一身に背負って遍路に出たということだけが確かであった。
                                    
                 六
 この事件に対する警察の対応は常套的なもので、殺人事件ではまず周囲の人間を洗い出してその人物の過去を調べる。ヤスケ、サブロー、正子の日頃の行状は過去の犯歴の有無からチェックし、最近の動静について聞き込みを入れる。どのような仲間と交友していたか、現在の仲間には誰がいるかを割り出して、不審なものが居れば其処から突きを入れる。これと平行して花子の父親の「私が殺した」という遺書の信憑性も検証されたが、筆跡鑑定で自書であることが判明し、継母の泰子のその日の行動からは犯行を裏付ける証拠はえられなかった。泰子が花子の部屋を訪れたことは状況証拠による推測だったし、薬殺したと断定する証拠はでなかったので容疑者からはずされる。
 泰子が花子の部屋を訪ねたというのは、同じマンションの住人が、「それらしい女の人が訪ねて来たのを見た」という程度の聞き込みを根拠にしていた。警察は当然、その事実を泰子に尋ねたが、泰子は「行っていない」としか答えなかったのである。花子の部屋の指紋検査からも泰子の指紋は出なかった。そのことから、八島は「正子ではないか」と推測したが、警察内部では、「年齢が違いすぎる」として採用されなかった。
 八島はそのことに遺恨を持ち、「なんとしても俺の手で星を挙げてやる」と執念を燃やし一〇年の歳月をかけている。その執念が、サブローや正子だけではなしに、泰子、ヤスケ、茜や彩夏にまで疫病神のように取り付いて離れない。公式には解決済みの事件であるのにこのように付きまとわれるのは理不尽である。それが恵子の噂話にまで発展し、彩夏の心を傷つけたことが泰子に遍路に出る決心をさせたことは十分に推測される。
 ある日、茜は彩夏を学校に送りに行ったとき、恵子と出会った。そのとき、恵子の口から、「八島さんが、西国遍路に出掛けたのよ。もう戻って来ないかもしれないのだって。四国の出身だからあちらに親戚が居て、面倒を見てくれるらしいの。俺も年だからといっていた。花子の事件のことはあきらめたのね。大きな体格だったけれど、最近は一回り小さく見えたし、精悍さも消えていた。孤独が身に沁みてきたのだと思うわ。泰子さんも遍路に出られたんだってね。英子に彩夏ちゃんがそう言ったらしいの。偶然の一致にしてもおそろしいわね」と驚くような話が飛び出した。
 茜はこのとき、足の凍る想いがした。恵子から泰子の遍路出立を聞いた八島が泰子を追いかけたに違いないと思った。そのことを知っていて恵子は、わざと遠回しな言い方をしたのだと感じたのである。帰宅した茜がこのことをヤスケに話すと、ヤスケも驚いたようだったが、
「恵子の言うように八島はすべてを諦めて落ち着き場所を求めているのかもしれないよ」
と冷静な反応をした。だが、茜にはそうは思われない。八島は泰子を追跡して事件の真相を聞きだそうとしているのだと不安であった。
 「あの人、また変な噂を撒き散らすのじゃないかと、心配なの。私に言ったこととは違ったことを言うかもしれないしね」
 茜は噂が彩夏を傷つけることが心配だった。恵子は面白半分で人を傷つけるのが好きなタイプの女であると感じていた。
「俺が恵子に会って八島のことを聞き出してやろう。俺にならウソは言えまい。あいつと花子はダチだったから俺のことも知っている。茜と俺が結婚したときに、あいつは俺にメールを送ってきた。『花子が殺られたことは知っているよ。真犯人は花子の親父じゃないんだって、八島って刑事がうちの主人に言ってたそうよ。花子の妹と結婚したんだってね。花子の霊が付きまとってるわよ』だったね。茜に言えば、怖がるだろうと思って黙ってたんだ。でも、恵子は彩夏にまで手を伸ばしてきたのだからほっておけない。俺は恵子にこれ以上俺達にかかわるなと言ってやる」
と、ヤスケは熱を帯びて言った。それを聞いて、茜は少しは安心したように頷いていたが、心はおだやかでないようだった。
「泰子さんは今頃何処を歩いているだろう」
 ヤスケが話を変えると、茜も気分が収まったように、
「さあ、何処でしょう、病気などしていなければ良いのですがね」
と、泰子を気遣うような顔になった。
 この日の数日後、ヤスケは恵子と会った。この日はヤスケが彩夏を学校に送りに行ったのである。恵子はすっかり母親稼業が板についたような、何処と無く無造作な着こなしのワンピースに赤のカージガンを羽織っていた。ヤスケは茜との結婚前に花子に紹介されて恵子と会って以来の再会だったが、お互いに顔を覚えていたので、直ぐにそれとわかった。ヤスケは改まったようにスーツを着ていたので恵子がビックリしたようだった。
「茜さんじゃなくて、ヤスケさんが彩夏ちゃんの見送りに来るなんて、茜さんどこか具合が悪いの。ヤスケさんはこれからどこかへおでかけのようね」
と、恵子は親しそうに話しかけてきた。八年以上も会って無いというのに、昨日にも会ったかのように振舞っている。これにはヤスケが驚いたが、常日頃、八島を交えて夫婦で花子や茜、ヤスケのことを噂にしているとすれば、それに、彩夏と英子が学校友達で毎朝、恵子も彩夏や茜にあっているのだから、ヤスケの姿もいつも目にしているような感覚だったのかもしれない。その上に、個人的なずうずうしさが重なっているのでもあろう。
「今日はちょっと、話したいことがある、付き合ってくれないか」
 ヤスケは単刀直入に切り出した。恵子は霊感の働きで察知したかのように、
「八島さんのことでしょう」
と、即座に自分から切り出した。こうなると話は早い。恵子自身がヤスケに告げたいことがあるようだった。
「茜さんから聞いたでしょう、八島が四国遍路に出たってこと。そのことを確かめようと思って今朝はあんたが自らやって来たんでしょう。それぐらいは察しが着くわよ」
「そのとおりだ。八島の目的を確かめに来たんだ。それに花子のことで噂をしないでくれってお願いするためにね」
「口止めってわけ? それじゃあ何も喋らないよ。八島のこともね」
 そういいながら恵子は、本来がおしゃべりなのかヤスケが尋ねると、八島が四国遍路に出たのは癌の末期だと診断されて故郷で終末を迎えたいと思うようになったからだと言った。
これにはヤスケが驚いた。
作品名:卍の謎 作家名:佐武寛