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タイムマシンの登場は、バイオロイドよりはあとだったが、これもまたそう最近のことでもない。民間での利用も五年前から許可された。人類は、科学の発展により、生けるロボットのみならず、「時間」まで手に入れたのだ。

タイムマシンが開発されるまで、時間旅行に関してはさまざまな学説や憶測が飛び交っていた。アインシェタインの相対性理論を基軸とし、主だったものだけでも、超高速粒子論、先進波論、ワームホール理論、ブラックホール理論といった、いくつもの可能性が提示されては、批判・否定も繰り返される。

光速に近い早さで宇宙旅行をして地球に戻ると、地球では宇宙旅行の倍以上の月日が流れているとする説、過去と現在あるいは未来の本人同士が同じ時代にかち合わせると、時間と空間のパラドックス(矛盾)で核融合が生じて爆発する、とする説、現在の既存の出来事を過去の世界へ行って変えたとしても、平行宇宙という名の別世界の現在ができるだけ、とする説…言い出したらきりがないほど多くの説が大昔から論議の的となっていた。

しかし、それらの論争もついに決着が着いたのだ。タイムマシンで時間旅行が実現し、すべてが自明の理となったから。

まず、仮に時間を限りなくゼロになるほど刻んだとしたら、その刻まれた数だけ、「過去」の世界が存在するのだ。

それらは絶えず進行していく「現在」の世界へ、数珠つなぎに連続している。つまり、何年何月何日という過去の世界は存在し、タイムマシンで現在から指定した日にちの過去の時代に行くことは可能なのだ。もちろん、過去の世界に暮らすこともできる。

ところが、未来は存在しなかった。いや、正確に言うなら、過去と対局のはずの未来への移動は、どう技術を駆使しても実現しなかったのだ。

時間を一本の横軸と仮定しよう。現在の「今」こそがその軸の先端だとしたら、未来は存在しなことになる。

つまり、ない未来へは行くことができない、将来起こることを知りようもない。歩いてきた道を振り返ると自分の足跡はあるが、前方には何もないのと同じで、常に「現在」は進み、「足跡」=「過去」を残していくだけ。

もちろん、遥か後方の足跡にとっては、「現在」の歩みは「未来」ということになる。すると、過去の世界にとっての未来は存在する、ということにもなろう。

逆に言うならば、「現在」を作った「過去」は存在する。そこで、「現在」に生きる人間が「過去」の時代へ行き、「現在」の状態を阻止すべく「過去」を変えてしまったら、当然「現在」の世界も変わるはず――SF映画で好んで使われた設定だ。

もし、あのときの失敗を取り返せたら、もっとましな人生になっていたのに…もし、あのとき止めていれば、あの人は死ななかったのに…。

「もし、あのとき、~していたら」の無数の「IF」。時間を巻き戻すことができたなら、かなえることができるかもしれない。過去に戻るということは、その「IF」を実現できるということだ。そうすれば、結末はすべてハッピーエンド、世界に後悔などなくなる。

しかしだ。その代わり、絶えず現在が変化を来たすことになってしまう。死んだ人間が生き返り、敗けたはずの戦争に勝利し、独裁者が現れ、または病気が蔓延して、もしかすると人類の繁栄や存続さえも危ぶまれることになりかねないではないか。

ところが、時間の世界は、人間の浅はかな想像以上に、実に巧く構成されていた。

幾度の実験により立証されたのだが、過去のパラドックス(矛盾)が現在に影響し、現在のバランスをいっさい崩さないよう、時間にはあらゆる矛盾を修正する力があるらしいのだ。

時間軸の先端、つまり「現在」に何も異変がないように、時間は過去の矛盾をいっさい許さない。過去から伸びる一本の軸は曲がったりせずに、ひたすら平行に進む使命があるかのように。

つまり、過去の何を変えても、必ずどこかで修正がほどこされ、現在の世界に何の変化も支障も来さないのである。

どんなに過去を変えたところで、現在は変わらない。過去に戻って失敗を取り返えしたところで、現在に戻ればやはり冴えない自分がいるだけだ。愛する人の命を救っても、現在に戻ればその人の死亡日や場所が変わっただけで、やはり愛する人は亡くなっている。

歴史を変えない程度の微妙な変化なら、時間軸も許容範囲として見過ごすかもしれない。が、微妙な変化は、経済にも科学にも生活にも人の心にさえ、何一つ影響しないのだった。

だからこそ、民間人にも時間旅行が許可されているのだ。過去で何をしたとしても徒労に終わるだけ。過去に行って、自分は未来人であると喧伝しても、時間軸の魔力はそれを過去の人々に信じさせない。過去の人間をタイムマシンで現在に連れてこようとした者もいたが、不思議なことにその人間はもとの時代へ送り返されてしまう。過去の人間にとっての未来である「現在」への移動も、時間軸にはご法度らしい。

タイムマシンのおかげで歴史上の多くの謎が解明された。人類誕生の瞬間も目撃された。犯罪の瞬間を押さえることができるので、完全犯罪も迷宮入りの事件もなくなる。そして、まるで立体映像を見るかのような体験だけが、人間には許される。

あれほど人類の大きな夢の一つだった時間旅行も、手を加えられないのであれば、結局市井の人々にとっては、海外旅行の倍以上の値段がするだけの、または月や火星へ行くよりは少し安いくらいの、レクレーションにすぎず、それだけの価値しかなかった。

「タイムトリップして、三十歳のあなたに会って来いと?」

ホストは戸惑いを隠すことも考えずに問い返した。

「あなたを借りるにあたって、契約書に時間旅行はいけない、とは書いてなかった」

「確かに、バイオロイドもホストも時間旅行は禁じられていません。お客様のご要望のまま、場所がどこであれお供するだけです。ただ、ぼくは時間旅行ははじめてで、過去へ行くなど思いも寄りませんでした。それに…」

まだ何か問題が?と言いたげに、老女は首をかしげる。

「それに、なぜ、三十歳なのですか?二十歳でもなく、四十歳でもない」

老女は新しい煙草に火をつけた。煙の中、少し見下すようにホストを見据えた。

「女の三十歳の意味を知らないのね。若いときに積み重ねたものが生かされる、気力が最も充実した年代であると同時に、最後の若い十年なのよ。恋も夢もかなえることができるかもしれない、最後の賭けの十年なの。その最初の三十歳の誕生日の夢想は、二十歳のそれと比べると、どれだけ現実的でせつないか…あなたに分かってもらえるかしら」

バイオロイドのホストは、老女をまっすぐ見つめた。彼はバイオロイドゆえに、いきなり成人男性として誕生し、「人生」という歴史も経験もない。その弱みを突く彼女に、抗議しようとは思わなかった。ホストは、自分にない歴史を持つ老女に憧れた。遠い歴史の中、悲しみやせつなさを独りで培ってきた彼女を尊敬した。

ホストのまっすぐな思惑など、老女は知るよしもない。ただ、ホストの瞳は、煙越しでも澄んでいた。すると、老女は皮肉な煙をくゆらせている自分を恥じた。
作品名:0のつく誕生日 作家名:銀子