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キツネのお姫様

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 そして帰るころになった時、お姫様が一人でお寺の奥へと向かいました。家来は誰もついていきません。その様子を和尚さんはチラッと見ました。
 お姫様の向かった先は、厠と言っていわゆるトイレです。厠はお寺の本堂の一番奥にありました。
 お姫様が扉を開けて、厠に入った時、上から黒い物が落ちてきました。そして気を失ったお姫様は、そのまま何も言わずに倒れてしまいました。
 上から落ちて来た黒い物。それは猟師と子ギツネでした。天井に隠れていた猟師が、飛び降りざまに鉄砲の尻で、お姫様の頭を思い切り叩いたのでした。
 すぐさま、襟巻きに化けていた母親ギツネは元の姿に戻ります。そして子ギツネと抱き合いました。
「お母ちゃん、会いたかったよ」
「ああ、坊や。私もどんなに心配したか」
 その様子を猟師は目を細めて眺めています。しかし、猟師は百姓の衣装を出すと言いました。
「さあ、急がねぇと家来に感づかれるぞ」
 猟師は急いでお姫様の着物を脱がせると、母親ギツネをお姫様に化けさせました。そして今度は子ギツネを襟巻きに化けさせます。
 母親ギツネはお姫様の着物を着て、子ギツネの襟巻きを巻きました。
 そして猟師は裸になったお姫様に百姓の衣装を着せると、髪を短く切ります。更に顔や衣装に泥を塗りました。こうしてみると、お姫様も百姓の娘にしか見えません。
「さあ、早く行け。怪しまれるぞ」
 猟師のその言葉にお姫様に化けた母親ギツネは、厠から出ていきました。

 家来たちはすっかりお姫様と襟巻きになりすましたキツネの親子を少しも疑いません。
 お姫様に化けた母親ギツネは和尚さんに目配せをしました。和尚さんは満足そうに頷きます。
 こうして母親ギツネはお姫様として籠に乗り込みました。
 その時、
「待ってーっ! 姫はわらわじゃ」
 という声がお寺の境内に響きました。家来たちが一斉に振り向きます。
 するとボロボロの百姓の衣装を着たお姫様が、短い髪を振り乱し、体中に泥を付けて駆け寄ってくるではありませんか。
 お姫様に化けた母親ギツネの顔が一瞬、凍りつきます。和尚さんも顔を伏せました。
「何だ? この薄汚い小娘は」
「恐れ多くも、姫の御前であるぞ」
「あっち行け。しっ、しっ」
 何と家来たちは、すっかり変わり果てたお姫様の姿に、お姫様とは気が付いていないようです。
作品名:キツネのお姫様 作家名:栗原 峰幸