小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

バカみたいに今を愛してる(1)

INDEX|5ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 


男が自分の分と俺の分の食器を持って立ち上がる。
あれから直ぐに全てのオムライスをペロリと平らげてしまった俺を見て、奴が「おかわりいる?」と聞いてきたので思わず素直に頷いてしまった。
なのに食い終わったタイミングはほぼ一緒だったのだから、俺が早食いと言うよりこいつが遅いんだと思う。

男が食後に淹れたお茶を飲んでから、にしても、と頭を掻いた。
流石にちょっと、厄介になり過ぎた、と思うのだ。

出来れば余り他人に借りを作りたくはない。
そう考えてから、はたとこれは借りになるのだろうかと思った。
借りに……なるのだろう、うん。
なんだかんだで、俺はこいつに助けられた、という状況であることは否めないし。

(……あいつは、どう思ってやがんだろ)

俺に手伝えとも言わず、ただカチャカチャと二人分の食器を洗っている。
これが強制的にやらせてるのであれば、半ば押し掛けて無理矢理言って飯を作らせたのであればこんな風には思わなかったはずなのに。

だから借りって奴は嫌いなんだ、と内心嘆息する。
全く面倒臭いことこの上ない。

「ねぇねぇ不良君」
「あ?」

俺がこの後どうすっかなぁなどと考えていると、男が声をかけてきた。
反射的に返した声はお世辞にも愛想がいいとは言えなかったが、それでも男の態度は変わらない。

「ケーキあるんだけど食べる?」
「食う」

…………あ。

(あほかあああああ……!!!!)

俺は思わず心の中で頭を抱えた。
そ、即答してしまった……。

男は「じゃあ用意するねー」と言って何やら準備を始めてしまった。
だからこれ以上世話になってどうするっ!!……って、思った。思ったが、だってケーキだ。もう一度言う。ケーキだ。

甘いものは別腹だと言う言葉があってだな。
んでその言葉は俺の座右の銘でもあるというか。
まぁ誰にも聞かれたことないから知ってる奴はいないと思うけど。

ケーキは……その、なんだ。嫌いじゃない、のだ。うん。

俺は無言で立ち上がった。
男の後ろに立って声をかけると、男はいたく驚いたようだった。
そりゃまぁそうだよな。

「……なんか向こう運ぶもんとかあんの」

相手の顔は流石に見れなかった。
ボソボソと小さく言った言葉を、男はちゃんと聞き取ったらしい。
えっと……と戸惑ったような声を漏らした。

「そこの、お盆に乗ってるやつ……」
「わかった」

男が指差した先には皿に乗せられたケーキとカップが乗った盆があった。
俺はそれを先ほどのテーブルまで運ぶと、少し考えてからそのままにしておいた。

ケトルがピーッと音を立てた。
カチャカチャと小さな音がして、男がこちらに戻ってくる。

「お盆ありがとうね」

俺に礼を言いながら盆の上の物を卓上に並べていく。
別に大したことをしたわけでもないのにその顔はえらく嬉しそうで、俺は「……別に」としか答えられなかった。

目の前にケーキと、紅茶が注がれたカップを置かれた。
薄緑色のケーキは三角ではなく、少し細長い四角形である。
上にはミントが乗せられていて夏らしい爽やかさのあるケーキだった。

前の席に男が腰掛けたのを見て、フォークに手を伸ばした。
一欠口に含んで、素直に美味いと思う。
さっぱりした甘さだ。重くないし、何個でも食えそうな気がする。

「ねぇ不良君ってさ、甘いもの好き?」
「別に。嫌いじゃない」

俺が半分食い終わったってのに男はまだ一口分しか減ってない。やっぱこいつ食うの遅ぇ……。

紅茶にポイポイと角砂糖を放り込みクルクルと混ぜていると、男は「そっか」とだけ言った。

「じゃあ感想だけ聞かせて貰っていい?伝えておくから」
「あぁ?感想?」
「うん。それ父さんが作ったんだ」

……はぁ!?なにこれ手作りなわけ!?
だってこれ店に並んでても全然不思議じゃねぇだろ!?とまで思って、待てよじゃあと考えた結果。

「お前の親父、プロ?」

俺がそう言うと、男は少し微笑んで頷いた。

「すげぇ……」

思わず素で呟く。
同時に、店で売ってるものも考えてみりゃ全部手作りなんだよな、と当たり前のことに気づいた。
だがそれが、一般家庭で「手作りです」なんて言って出てくるなんて、これも当たり前だが思わないだろう普通。

「父さんパティシエやっててね、これ来月からの新作の試作品らしいんだ」
「それで感想か」
「うん。……って言われても難しいかな。僕も大体おいしかったしか言えないんだけど」

でも、と男が続けた。

「それでも、喜んでくれるからさ」

そう笑う男は、何故か嬉しそうで、誇らしげで。
きっと男にとって父親は自分の自慢なんだろう、と思った。


どうして、こんなに違うんだろうか。


……いや、今更だ。頭を過った思いに、俺は少しだけ苦い気持ちが胸に広がるのを噛み潰して、その思考を振り払った。

―――そういうもんだ。
世の中、そういうもんなんだ。
あぁダメだな。諦めたはずなのに、まだ何か望んでんのか俺は。バカじゃねぇの。
甘ったるい匂いにやられたか、と苦く笑う。

昔ダチに言われた「お前は『苦味』が似合うな」という言葉が不意に蘇った。
そうだな。やっぱり俺には、そっちのがよほど……。

フワッ。

(……あ?フワ……?)

「―――ッ!?な、何すんだよ!?」

反射的に自分の頭に触れていた男の手をパシン!と手を叩き落とした。
驚いた。何故か手を伸ばしてきた男に。そして、―――一瞬でもその手を受け入れそうになった自分に。

「いや、なんか、苦そうな顔してたから……」
「あぁ!?」
「そんな怒んなくても」

怒るだろ普通……!!
同じ男に慰められるように頭撫でられて何が嬉しいよ!?寒いわ!!天然か!?天然なのか!?なんとなくわかってたけどな!?

見れば、男はもう何事もなかったかのように自分の紅茶を啜っている。
俺はなんだか一人怒ってるのもバカらしくなってきて、最後の一欠になったケーキを口の中に放り込んだ。

「お父さんにさ、美味しかったって言ってたって伝えといていい?」
「……勝手にすれば」
「わかった。勝手にする」

(……何でそんな嬉しそうなんだか)

何がこいつの笑顔になっているのか俺にはわからなかった。
そしてきっと一生、わかることはないのだろう。
俺がこの甘い匂いに包まれることは、もう二度とないだろうから。