バカみたいに今を愛してる(1)
「おまたせ~」
暫くして、男がオムライスとサラダを片手に戻ってきた。
遅ぇ……と悪態をつくと、男はやはりごめんねとヘラリと笑っただけだった。
先ほどから思っていたが、最初はあれだけ俺に対してビビりまくっていたのに、今ではすっかりそんな態度は見られない。
友人のようにとまではさすがにいかないが、自分をカツアゲしてきた男に対して接する態度ではないと思う。
別に無意味に縮こまられてもそれはそれでイライラするのだが、なんというか、こういうのは初めてで逆に俺がどうすればいいのかわからなくなる。
こいつは人のペースを乱す奴だな、と思ってそれはそれでイラっとしながら、でもそれは目の前に置かれたオムライスを見ればどうでも良くなった。
ちょっと焦げているところもあるが、なんとなく手作りっぽいというぐらいで味に問題はなさそうだった。
どうぞ、と促されれば遠慮も何もなくそのオムライスに手を着ける。
久しぶりのまともな飯……っ!!いつもの二割増しで美味く感じるそれに、俺は心おきなく舌鼓を打った。
半分ほど飯を掻き込んでお茶を飲んでから、漸く一息つく。
あの絶望的な空腹感がやっとなくなった。
ふと前を見ると、前の席にサラダだけポツリと置かれている。
キッチンを見れば、丁度男がフライパンから皿にオムライスを移すところだった。
皿を手に戻ってきた男が、俺の皿を見て少し驚いたように目を瞬かせた。
「不良君って結構早食い?」
「……腹減ってたし」
「あぁ、そうか。慌てなくていいから、ゆっくり食べなよ」
ニコリと笑う男は、当たり前のように俺の前に座った。
呼び方は、もう好きに呼ばせておくことにする。なんか本人的にもしっくりきてるみたいだし。
俺は前に座る男の存在に、そう言えばこんな風に誰かと向かい合って食事をするなんてかなり久しぶりだと気付いた。
そのせいか、すごく変な感じがする。
意識すると若干ソワソワしそうになるので、俺は食べることに集中することにした。
「あ、不良君サラダのドレッシング何がいい?」
オムライスを一口分スプーンで掬った所で、そんな声がかかった。
俺はチラリと横に置かれたサラダを見て、反射的に眉をしかめる。
「サラダはいらねぇ」
野菜嫌いの俺は、滅多に生野菜など食べない。
だってサラダなんて、所詮は草だし。生の草食ったってうまくもなんともないし。
「ダメ!」
しかし男は何を思ったのか、唐突にそう言いながら俺の手元からオムライスの皿を取り上げたのだ。
いきなり飯を取り上げられて、俺は思わず数瞬ポカンとしたが、すぐに目を細めて男を睨み付けた。
「っにすんだよ!?」
「好き嫌いはよくないよ!お残しは許しません!!ちゃんとサラダも食べないとこっちはお預け!!」
俺の文句を押し退けるように、男は強い口調でそうピシャリと言い放った。
こいつ……俺が下手に出てやりゃつけあがりやがって……っ!!
拳をギュッと握り締めると、威嚇するようにダンッ!!とテーブルを殴る。
それでも意外なことに、男は少しも怯まなかった。
「拳に訴えたりしたら、これ捨てるからね!!」
それどころか、更に強い口調でそんな脅し文句までかけてくる男に、グッと言葉を詰まらせた。
「そ、そっちのが勿体ねぇんじゃねぇのかよ!」
「そうだね。じゃあ捨てるのは勿体ないから夜ご飯に僕が食べることにする」
あくまで笑顔と態度を崩さない男に、俺はどうしようもない圧迫感を感じた。
なんでだ。こんなひ弱そうな男にどうして。いや絶対俺に敵うはずがないんだ。喧嘩で負けたことのない俺が、こんな男に負けるはずはない。
けれど同時に、正直これはそんな力の勝ち負けの問題ではないのだと気付いてもいた。
男はふいっと立ち上がると冷蔵庫から3つほどドレッシングを持ってきた。
「さ、どれでもどうぞ」
男は暗に、食べないという選択肢はないぞと言っているようだった。
殴ってしまえばいい。取り返せばいい。
このままこれ以上何も手につけず帰るっていう手だってある。先程までの絶望的な空腹感はもう治まったわけだし。
選択肢は色々あるはずなのに、そのどれもを選べなくて俺は困惑した。
だけど素直に折れるのも勿論癪で、どうしようもなくただただ目の前のサラダを睨み付ける。
「……そんなに嫌いなの?」
男が少し苦笑混じりに言った。
「何が嫌?」
「美味くねぇ」
間髪入れず答えれば、男は笑った。
その笑みがまるで、駄々を捏ねる子供に対してしょうがないなとでも言うような。
なんだか自分が一気に子供染みた我が侭を言っているように感じて、顔が少し熱くなった。
「大丈夫だよ。クセのないものばっかりだし。ぶっちゃけドレッシングかければその味しかしないよ?」
そうは言うが、と俺は卓上に並べられたドレッシングを見た。
(どれがどんな味なのか分かりゃしねぇ)
だから普段サラダなんて食わないんだって。ドレッシングとか味わかんねーって。
もう俺は無言で睨み付けるしかなかった。
何をって……なんかもう全部。
埒が明かないと思ったのか、男が動いた。
ドレッシングの中の一つを選んで俺のサラダに勝手にトプトプっとかけてしまう。
「一口食べてみてよ」
絶対美味しいからと言いながら、男も自分のサラダに同じものをかけシャクシャクと口に含んだ。
「このドレッシング美味しいんだよ。僕のお気に入り」
ドレッシングが美味い、と聞いて、そんなもんなのかと思う。
サラダは野菜の味を味わうものだと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。
いやだって俺マヨネーズでしか食ったことねぇし。
てかそれが普通だと思ってた。こんな気取ったもん外でセットになってんのとか頼んだ時にしか出てこなかったし。まぁ食わなかったけど。
グダグダと考えていても始まらん。
とりあえず一口食って不味かったらもう食わなきゃいい。
俺はそう結論付けると、使われずにいた箸を手にとった。
一口食って……あれ?と思う。
予想していた草の味はなく、男の言った通り、それが良いか悪いかは別としてドレッシングの味しかしなかった。
胡麻の香りが鼻に抜ける。この味は嫌いじゃなかった。
「美味しいでしょ?」
チラリと男を見ると、奴は嬉しそうに笑っていた。
美味しいと言ってやるのも悔しいので、何も答えずそのままサラダを口に運ぶ。
男は満足そうにそんな俺を見て、漸く自分のオムライスに手をつけた。
作品名:バカみたいに今を愛してる(1) 作家名:ポウ