バカみたいに今を愛してる(1)
紅茶を飲み干して、席を立つ。
それに気づいて男も立ち上がった。
「帰る?」
「あぁ。邪魔したな」
俺はリビングを出る前に、なんとなくもう一度その部屋をぐるりと見回した。
本当になんとなくだ。その行為に深い意味などなかった。
「じゃあ気を付けてね」
玄関まで見送りについてきた男がそう言ったが、なんて返せばいいのかわからなくてとりあえず頷いておいた。
「……ごっそーさん」
靴を履いて扉を開ければ―――また元通りだ。
「あ、不良君!」
無視しようと思ったのに、何故か足はピタリと動かなくなった。
それなのに振り返ることも出来なくて、中途半端に固まる。
「良かったら、また来てよ」
男がどんな顔をしているのか、見なくてもわかった。
「もう来ねーよ」
偶々起きた偶然に、二度目なんてないだろ?
もう来ることはない。もう会うこともない。
きっと奴だってわかっているだろうに。
それでも、
「またね」
笑って手を振る男の言葉に、頷くことが出来る日が来るとしたら……。
―――バタン。
(そんな日、来ないけどな)
世界は決して、1つなんかじゃない。
作品名:バカみたいに今を愛してる(1) 作家名:ポウ