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バカみたいに今を愛してる(1)

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男の後をついて奴の家に向かう道中、互いに無言だった。
あいつに一度だけ名前を聞かれたけれど答えなかった。
けれどあいつはそんな俺に仕方ないなぁとばかりに少し苦笑しただけだった。

「着いたよ」

男が立ち止まったのはどこにでもあるような一軒家だった。
表札には『金江』と提げられている。

俺はその何の変哲もない一軒家に、自分が少しだけ緊張してるようで内心舌打ちした。
しかしまぁ慣れないことすりゃ誰でもそうなるだろうと言い聞かせる。

他人の家に入るなんて、物心ついてから初めてのことなのだ。
まだ小学校にも上がってなかった頃に何度か友達の家に行ったこともある気がするけど、だがそれはその友達が誰だったのかすら思い出せないほど昔の話であって。

「どうしたの?大丈夫?」

声をかけられてハッとなった。
見れば男はもう門を開けて、玄関の前で俺を待っている。

「……いや」

少しぼうっとしていたらしい。
俺が開かれている門を越え玄関まで歩み寄ると、男は「どうぞ」と扉を開く。
一歩足を踏み入れて、ついなんとなく「……ッス」と少し頭を下げた。

(匂いが違う……)

入って真っ先に思ったのはそれだった。
なんだか落ち着かない。
俺の家の、ヤニ臭い匂いとは全く違うどこか甘さを含んだ匂いは、俺と男の違いをそのまま現しているんだと思った。

家に上がっていいのだろうか迷っていると、男がスリッパを出してきた。
ってことは上がっていいわけだ。
俺が靴を脱いで廊下に上がると、男もそれに続く。
男が自分の靴と一緒に俺の靴も揃えた。
靴屋で並んでた時以来初めて揃えられた靴は、なんだか自分のものじゃないように見えた。

リビングに通されて、適当に座っていろと言われたので一番近くにあったダイニングテーブルの椅子に座る。
ビニール袋をガサガサ言わせながら1人キッチンに入って行った男の後ろ姿を、何気なく視線だけで追った。

(随分慣れてるんだな)

冷蔵庫に買ってきたものを仕舞う姿は、様になっていた。
きっといつも買い出しは彼の仕事なんだろう。
これからの飯も彼が作るということらしいし、もしかしたら食事はいつも彼が作っているのかも知れない。

そんなことを思っていると、冷蔵庫を漁っていた男が動きを止めた。
何やら少し思案気な顔をしたと思うと、中から何かを取り出し、ついでに食器棚の引き出しからスプーンを取ってこちらに向かってきた。

「不良君、水羊羹食べれる?」
「……食べれる」
「じゃあはい。ご飯もうちょっとかかるから、ちょっとは腹の足しになるんじゃないかな」

そう言って男は俺の前に透明なカップに入った水羊羹とスプーンを置くと、またリビングへと戻った。

……不良君、て。
突っ込めなかった、と俺は思った。
なんかすごくナチュラルにさらっと言われたもんだから、こちらもなんかすごくさらっと受け入れてしまった。

まぁ、名前を教えなかったのは俺だし、別になんだっていいんだけど。
でもなんか、不良って。当人に対して直接言うか普通。
否定はできないけどよ、と思いながら渡された水羊羹のフタをペリペリと剥がす。

先ほどあの男に対して食べれるなどと言ったが、実は食べるのは初めてだったりする。
羊羹ならあるんだけどな。だからスイーツ系なんだろうってことはわかるんだけど。
俺は水羊羹をスプーンで掬うと、口に含んだ。

(……まずくはない)

ただなんせ久しぶりの物を食べるという行為だったので、食は進む。
あっという間に水羊羹を食べ終えた俺は、空になったカップにスプーンを置いた。

キッチンに目をやれば、男はもう調理の準備に入っていた。
学生服姿の男がキッチンに立って包丁を握っている光景は、なんだか不思議だ。
俺の中でキッチンに男が立つというイメージがあんまりない。
だからまぁ……うちのキッチンはあってないようなもんなんだと思う。

だからか。

冷蔵庫を開け閉めする、パタンという音。
トントントンと包丁がまな板を叩く音。
フライパンがジュ―ジュ―と立てる音。

耳に届くそれらの音が、なんだかすごく落ち着かなかった。
自分が酷く不相応の場に来てしまったような気がして、思わず眉間に皺が寄る。

(ここは、居心地が悪い……)

せめて、キッチンに立つ男は視界に入れないように、窓の向こうへと視線をやった。
それでも気がつけば何故か男の姿を目で追っている自分がいて、思わず一つ舌打ちを打つ。

腹が減ってるからだ。早く飯にありつきたいからだ。

誰にともなくそんな言い訳じみたことを考えながら、男がキッチンに立っている間俺の視線は男と窓を往復していた。