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バカみたいに今を愛してる(1)

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縮こまった目の前の相手にイライラを募らせながら、そいつの横の壁にダンっ!と蹴りを入れる。
ビクッ!と身を竦めるそいつに苛立ちを隠すことなく低く言った。

「いいからさっさと金寄越せってんだよ」

路地裏で出会ったネズミは、格好のカモでもあった。
昨日から何も食べてない俺の財布は今すっからかんだ。非常に由々しき事態である。
それが例え、ゲーセンのクレーンゲームに夢中になり過ぎた完全な自業自得であったとしても、だ。
腹が減り過ぎて正直今にもぶっ倒れそうな俺は、手っ取り早くカツアゲに勤しむことに決めた。

幸運なことにカモはすぐに見つかった。
ちょっと小突けばホイホイと金を渡しそうな気弱そうな少年。
高校生と思わしきそいつは、ワタワタと鞄からボロッちい財布を取り出した。
大金は期待は出来そうにないが、今は取りあえず1000円もあれば構わない。
俺はそいつから引ったくるように財布を奪うと、折り畳み式のそれを開く。

マジックテープがベリっと音を立てた。
そして札入れから札を抜こうとして、そこに一枚の野口もないことに鋭く舌打ちを打った。
んだよっ!?と一応クレジット類の確認もしてみたが、やはりどう見ても18歳未満のこの男の財布にそれらしきカードは見つからなかった。

(もうこの際500円でも構わねぇ……!!それぐらいはさすがに持ってんだろ!?)

だがその俺のなけなしの譲歩も小銭入れを逆さに降れば、見事に打ち砕かれた。

チャリンとすらならない硬貨は一枚。穴の開いた銀色の、50円玉一枚だけだったのだ。

「てめぇ……っ」

これはねぇだろ。50円て……。お前50円て……っ。

目の前の男は、怯えたように身を縮こませている。
それすらも今の俺には苛つきを煽るものでしかなく、一発殴ってやらなきゃ気がすまん……!!と拳を握った瞬間、グゥ~……と俺の腹が切なく鳴いた。
やべぇ……腹減りすぎてマジ力出ねぇ。

俺が思わず腹を押さえて項垂れると、「あの……」と声をかけられた。
少しだけ顔を上げると、予想外に心配そうな目を向けている男がいる。

「お腹減ってるの?」

そうだよ腹減ってんだよお前の持ち金が少なすぎるせいで餓死寸前だバカ野郎。
明らかに八つ当たりだと知りながら心の中でそう男に対する呪詛を並べ立てながら、財布を男に投げて返した。
こんな質に下ろせもしねぇボロッちい財布持っていても意味はない。

もうこの男に用はない。
仕方なしに踵を返せば、何故かギュッと服の裾を捕まれた。

「……んだよ」

正直喋んのも億劫だ。
思った以上に凄みのかける声に自分でも呆れながら、とりあえず自分の行く手を阻もうとする男を睨み付ける。

「あの、良かったら、ご飯食べてく?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
食べてく?だと……何をどこでだよ。

「お前金持ってねぇじゃん」
「あぁ、僕買い出しの為のお金しか持って来なかったから」

そう言って男は手に下げたビニール袋を俺に見せた。
なるほど、と納得するが、だからなんだ。

「僕もこれからお昼なんだ。良かったら食べてかない?」

男はポヤンと笑って、まるですでにお互いの家を行き交ったことのある知り合いを誘うように俺に言った。

……イヤイヤイヤおかしくね!?

普通カツアゲしてきた男を家に呼んだりするか!?
答えは否だ。少なくとも俺の周りにはそんなことをする人間はいない。
多分、いや絶対、常識的に考えてそれは今ここで俺にかける台詞ではないはずだ。

訳が分からないお前バカじゃないのか、という心境は確実に顔に出ていたはずなのに、男はきょとんとしたように首を傾げる。

「あれ?僕結構オムライス得意なんだよ」

来ないの?と逆に問われ、流石の俺も返す言葉がなかった。
もうこいつの中では俺が来るものということになっているのか。何故だ。
オムライスが得意かどうかなんて聞いてねぇし。重要なのそこじゃねぇよな?俺間違ってないよな?

……ただ。

「オムライス……」

死にそうなくらい腹減りの俺に、オムライスの誘惑は魅力的なものであった。
オムライスは嫌いじゃない。
腹の虫がまたグゥ~と鳴いた。

「ほら、遠慮しなくていいから、うちにおいでよ」

朗らかに笑う男。
久しぶりに見た気がする、嫌悪感を感じない自分に向けられる笑顔がなんだか不思議な感じだった。

(まぁ、食わせてくれるっていうんならなんでもいいか)

俺は男の言葉に頷いた。
頷いた俺に、何故か男は嬉しそうに笑った。

……変な奴。

「家こっちなんだー」と俺をそっと促す手は、腹が減って気が立っていなければもしかしたら叩き落とさなかったかも知れない。多分だけど。