12ピースのパズル
その日は、夕方から雨だった。
帰り道、コンビニで買った透明のビニール傘を差した。
彼女にとっては、初めてだった。
色気もおしゃれ気もない雨避けということだけではない。
四方八方、気の抜けない周りからの視線がどうしても許せなかった。
そんな彼女を『自意識過剰』と陰で囁く声など彼女の耳には入らない。
明日からの大型連休、いわゆるゴールデンウイークのためか、心持ちすれ違う人の足が
速いように感じた。
何も予定の無い彼女の足取りが重かったのかもしれない。
(きっと、連休の頃には、連絡があるわ)と今年の初めには思っていた。
信じていた?いや彼女が「彼を信じている」などと待つことはなかっただろう。
彼も「そんな彼女だ」とどこかで納得しながら誘いの予定を作ってきた。
(雨もいいじゃない)
雨なんて嫌いだった。
彼とのデートで移動するたびにお洒落した服は濡れるし、セットした髪が乱れるからだ。
だけど、楽しげに見える人の顔を見るよりは雨にしょげていることを思うほうがマシだ。
雨足が強くなってきた。彼女のハイヒールが雨水を撥ねる。
彼女も足取りを速め、家路に着いた。
翌朝、カーテンの向こうは静かだった。
それどころか、薄紅色のカーテンが明るく照らされているようだ。
ベッドから手を伸ばし、届いたカーテンの端をひらりとはねた。
一直線に差し込んだ陽は、彼女の予想も願いも突き抜けるほど明るかった。
ベッドからずり落ちる掛け布団のように、彼女の体は力が抜けベッドから垂れた。
彼女自身、笑いが込み上げるほど、大きな溜め息をついていた。
「どうしようかな…」
逆さから見る部屋の天井。
部屋の中にはモノが溢れているのにこんなにも何も無いスペース。
(煩いと思っていたけど、雑踏の中に居るって安心する)
何もしなくても、何かに触れていられることで過ごしていたことを考えていた。
彼との付き合いばかりが浮かんだ。
いつも優しい彼を見ているだけで良かった。
彼のすることが、一番楽しいと感じていた。
彼の……。
私の?
何かわからないものが、心に残る。
天井の一点のシミ。
彼の誕生日に開けたシャンパンの栓が飛んで当たったところだ。
今になってシミになっていたことに気付いた。
彼女は、何も無い天井に出かけてみたいと思った。
着替えて、小さな旅行バッグに二、三枚詰め込んでとりあえず部屋を出た。
駅へと向かう道を歩きながら、どこ行くかを考える。
最寄りの駅から鉄道のある大きな駅へと向かう。
(そうよ。駅に着いたら考えましょ)
彼女の乗った電車は、発進した。