12ピースのパズル
「約束がひとつ」
「なに……?」
「ピースをはめていいのは、君が心から感動したことがあった日にしよう」
「なぜ……?」
「…今夜…君とお別れしようと決めた」
「……」
唐突な彼の言葉に彼女は返す言葉を忘れ、ただ見つめたままだった。
「君に僕から受けることばかりじゃなく、君自身で考えて欲しいんだ」
「どうして一緒じゃ駄目なの?どうして別れるの?」
彼女の瞳が潤む。
「泣かないの。それすら君は考えないでしょ」
彼女は、唇を噛みしめ、涙を引き戻す。
「期限は今度のクリスマスイブ。それまでに完成したらそれもいい、連絡して」
「完成しなかったら?」
「もう諦めているの?」
「そんなこと……きっとできるわ」
「そうだね。今夜からたった12ピースさ」
「ええ」
「頑張って。もし一年経って僕への君の気持ちが無くなっていたら仕方ないけど」
「……」
「それとも僕より好きな人ができているかな、それも仕方ないけど……」
「……」
「僕のほうが、君に会いに行って、戻って来てと懇願するかも知れないね」
「……きっとそうなるわ」
彼女は、眉間に力を込めて、作り笑いを見せる。
「まあひとつ目は今夜となるかな?さあ料理を楽しんで、たくさん話そう」
そのとき、食前酒とオードブルが運ばれてきた。
ふたりは、グラスを持ち上げると、それぞれの思いで口をつけた。
スープ・白身魚の料理・ヒレ肉の料理・サラダ、どれも美味しく口に溶けていった。
彼女からのワインも料理に間に合い味わった。
「とっても旨いよ。僕よりも芳醇な大人の味だね」
冗談混じりの会話は、別れのことなど忘却の彼方に飛ばしてしまったように思えた。
デザートとコーヒーが出された頃、彼女の顔がまたくもった。
「やっぱり本当なの?」
「ああ」
「電話やメールは?」
「変える予定はないけど、別れるのだから掛ける必要は無いと思う。連絡の時だけかな」
「揃ったって本当かどうかなんてわからないじゃない」
「それは、ズルをするってこと?」
彼女は、パズルの小箱をバッグにしまい、ナフキンをテーブルの上に置いた。
「じゃあ。私はこれで帰ります。今夜はご馳走さ……」
彼女は、踵を返すと、少し肩を震わせ、店を出て行った。
席に残った男は、ひとりで彼女からのプレゼントのワインを飲み干した。
部屋に帰った彼女は、フォトフレームの写真を抜き、1ピースはめ込んだ。
左下にひとつ。
「何だかサービスカードの『とりあえずワンスタンプ』みたいで嫌だわ」
彼女は、何も入っていないフォトフレームをベッド脇の台に戻した。
不思議と涙は出なかった。
ベッドに仰向けに寝転がり天井を見つめる。
ただ、深い溜め息だけが、何度も吐き出された。