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12ピースのパズル

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彼女はあの男性社員とふたりで会う約束をしていた。
いつの間にか交際が始まったように彼女は思っていた。
きっと恋の始まりなど、こんな感じなのだろう。
だが手を繋ぐことはあっても まだキスはしたことはなかった。
大人同士の付き合いならば、そんな瞬間があってもいいと彼女は思っていた。
以前から、彼女は、会社内での交際はしないと決めていたし、そんな風に見られることもないように振舞っていたつもりだ。
だが、この男性社員と会っているとそれも気にすることなく、楽しくいられた。
彼女は、この気持ちを「好き」と感じるようになった。
彼との約束のパズルのピースのことなど忘れてこの「好き」を思い続けようと思った。

ある帰りのこと、一緒に食事をし、少しお酒も入って気分も和やかだった。
美味しそうだね、と彼女の皿からツマミ食いする男性に彼女も心を許した。
楽しい時間。楽しい日々。
男性とは、ケンカにはならないくらい気が合った。
「美味しかったわね」
酔っているほどではなかったが、店を出てから少し歩いた。
ヘッドライトが近づき、男性が彼女を引き寄せた。
車が行き過ぎ、見上げた彼女の顔の傍に男性の顔があった。
目を閉じる彼女の耳に届いた言葉。
「しないよ。僕、彼女いるから」
彼女の仄かに赤く染まった瞼は、大きく見開き男性を見つめた。
「キスして欲しいの?」
彼女は、無表情のまま、ゆっくり首を横に振った。
「……違うわ。そう急に車が来たから。私気が付かなかった…」
男性から離れた彼女は、体を揺らしながら歩きはじめた。
「美味しいお酒に酔っちゃったみたい」
「大丈夫?」
「ええ、あ、でもどこかで車拾うわ。じゃあまた明日ね。おやすみなさい」
「おやすみ」
男性に 軽く手を振り踵を返した。
(こんなときに どうして一本道なの……)
進む通りの店のガラスに見送ってくれている男性の姿が映った。
彼女は、振り返り「おやすみ」と手を振った。
男性も軽く手を上げると背中を向けた。
(優しくなんてしないで…)
心にいっぱい涙を溜めて彼女は電車で帰った。

部屋に帰った彼女は、部屋の明かりを点ける。玄関の鍵を掛け、靴を脱ぐ。
いつもと同じ。
洗面所で手を洗う。小さなイヤリングを外し、アクセサリー入れに入れた。
いつもと同じ。
ローチェストから衣類を出して浴室へと向かう。化粧を落としてシャワーを浴びる。
う、ううう……。
唇が震え、嗚咽が漏れる。溢れ出す涙は止まることを忘れた。
鎧を脱いだ女になった。
作品名:12ピースのパズル 作家名:甜茶