12ピースのパズル
まだ照りつけるような暑い日と時々感じる秋の気配とが交叉する。
彼女のベッド脇のフォトフレームには。まだひとつのピースもはめられずにいた。
それよりも、感動をしてもピースをはめる気持ちがあるのかさえわからなかった。
彼との約束などもうしなくてもいい。
男性への思いが次第に約束を塗り替えてゆく。
そんなある日のこと。
いつも通勤に乗る電車が駅途中で止まった。
なんらかの事故が発生したようだ。
電車の中では、携帯電話の電波が飛び交う。
目に見えるものならば、猫の子一匹どころか蟻の這い出す隙間もないほどの網目に
なっていることだろう。
彼女も会社への連絡の為に携帯電話を取り出し、かけ始めた。
周りの声にかき消されてしまう音声にメールにし直した。
握りしめる携帯電話のストラップが隣に乗り合わせた人にひっかかり切れた。
キラキラ光るビーズが飛び散った。
「あ!」
(あ、すいません)とばかりに頭をぴょこりをさせただけでその人は背を向けたままだ。
彼女は、その態度に背中を睨みつけた。
何も無いところでも全部拾うことなど難しい。
まして込み合った電車内では、屈むことすら無理なほどだった。
諦めた。諦めるしかない。諦めたくない。
彼女は、何とか見つけた足元の大きな一個だけ拾うことができた。
屈むときよりも楽に立ち上がれた。
彼女は、背を向けた人の腕に力が込められ、足元を踏ん張っているのを知った。
「…あ、ありがとう」
背中の上の首が少し頷いたように見えた。
間もなく動き出した電車がホームに戻り、人の波が押し出されてゆく。
もう一度、顔を見てお礼を言いたいと思い視線を走らせたが、届くことはなかった。
会社までの道をきょろきょろとしながら歩いた。
服装すら覚えていない人を探すなど無理とわかっていた。
「遅れるわよ」
後ろから声をかけたのは、先輩の社員だ。
「おはようございます」
「探し物?いつも鎧を着て歩いているようなのにね。行くわよ」
ふたりは、小走りに会社へと向かった。
彼女の手の中にひとつだけのビーズが握りしめられていた。
その日の仕事は、順調に進んだ。
気分が良かった。面倒な仕事も笑顔で受けたのか相手も和らいだ表情を向けた。
ビーズが、弾け飛んだように 彼女の気持ちも弾けていた。
部屋に戻った彼女は、紙に包み持ち帰ったビーズをガラスディッシュの小物入れに
入れた。
ブレスレットに光が添えられたように見えた。
フォトフレームに入れずに置かれたままのピースもそこに入れた。
なんとなく彼女は微笑んでいた。