12ピースのパズル
男性の態度も言葉も優しかった。
だが、彼女はどこか首を傾げてしまう。そつが無く流されているようだ。
彼女は充分楽しい時間を過ごしていられるのだが何かがないのだ。
人ごみの中をふと差し出された手を繋いで歩いても、肩にかかった髪に触れられても
そこに感情が伝わってこないのだ。
「ねえ、どうして私を誘ってくださったの?」
彼女は、ふとそんな言葉を口にした。
「一緒に居たいと思ったから」
「それだけ?」
「ほかに何か理由がいりますか?」
「……」
「じゃあ、貴女はどうして誘われて来たのですか?」
「誘ってくださったから」
「じゃあ、僕がキスをしたいと言ったら、言われたからとさせてくれますか?」
「何言っているんですか!」
「少しだけ貴女を見せてくれましたね。僕は貴女の気持ちがわからなかった」
「私の…ですか?」
「誘っても、居るだけな気がして。楽しいのかなーとかこうしたいとか…」
男性は、最後まで言葉をせず、首を横に振って彼女から視線を外した。
「決めてくだされば、なんでも……」
彼女の脳裏に別れた彼の言葉が走って口を閉ざした。
『君に僕から受けることばかりじゃなく、君自身で考えて欲しいんだ』
(どうしてこんなときに思い出すの……)
彼女は、左の親指の爪を噛んだ。ずっとしていなかった癖だ。
「今日は、誘わないほうが良かったのかな」
「いえそんな…とても楽しいし、ドキドキしています」
「どきどき?どんなとこ」
「えっと、会社で見るのと違う雰囲気だし…手を繋いだりとか…」
「そうなんだ。今夜はもう帰ろう」
「嫌になった?」
「違いますよ。遅くなったら今度誘えなくなりそうで…送ります」
彼女は、頷くと駅まで並んで歩いた。
「ここでいいです。貴方は反対方向でしょ。また明日会社で…」
男性は、頷いて笑みをこぼした。
「ああ。また明日。おやすみ」
「おやすみなさい」
翌週の週末からの盆休みの連休、彼女は、男性の車でドライブに誘われた。
早起きをして作ったお弁当をふたりで食べた。
「うーん、美味しいとは言えないね。でも努力は見える」
そう言われて彼女は頬を膨らませたり、ベェーと舌を出したり。
そんな顔を男性は、転げるくらい笑った。
彼女も笑った。笑いすぎて涙で目元の化粧が崩れそうだった。
部屋の前まで送ってもらった彼女は、キスを求めた。
男性は、(しないよ)と仕草を見せると彼女は俯き加減に車から降りていった。
仕事の時の男性は、ふたりで会った時とどこか違う営業の男性社員だった。
まだまだ暑い日が続く。ふと吹いた風に夏の終わりを感じた。