12ピースのパズル
事務所にいると、温度設定は冷えるほどではないが、汗が出ないのは涼しいのだろう。
営業から戻る社員を見ると、とても暑苦しく 時々、汗臭い。
彼氏だとしても、近寄りたくない雰囲気だ。
昼休憩、社内の食堂に貼られた納涼まつりのチラシが目にとまった。
それは、会社のものではなく、地域の情報、付近の商工会から配られたものだ。
彼女は、仕事でココへは来るが、彼女を含めこの辺りに暮す人はほとんど居ない。
わざわざ、納涼まつりの為に休日にココへ足を向ける人が居るのだろうか。
退社後、彼女の携帯電話が鳴った。
先日登録した営業の男性社員の名が表示された。
彼女は、すぐには出なかった。留守番設定の音声が流れる。
『えーあー、またかけます』と録音された。
直接聞く声よりも少しトーンが高かった。
緊張した彼のことなど彼女は気付かないだろう。
数分たってもかかって来ない。着信履歴に発信した。
ツーツーツー。相手は話し中のようだ。
メールであれば届いているのにと彼女の中で苛立ちを覚えた。
(きっと他の人にかけているんだわ)
話し中なのだ…そんな当たり前のことだろう状況も彼女は判断がずれている。
しばらくして電話が鳴った。その男性からだった。
「あ、繋がった。今おしゃべりできますか?」
「ええ」
「会社の近くの納涼まつり行きませんか、僕と」
「あの…、チラシのですか?」
「そうです。食事と言ってもなかなか行く機会がないから、どうかなって」
「でも誰かに…」
「誰かに会うと嫌ですか?まあ誰も行かないとは思いますが、僕と一緒では嫌ですか?」
「そういうわけでは」
「どういうわけ?じゃあ他の人も誘いますか?何人かに紛れて」
「いえ…あなたと行きますから、他の人には声かけないで」
「はは。わかりました。そのほうが僕も気が楽です。じゃあまた待ち合わせは連絡します」
「あ、はい」
「じゃあ、おつかれさま。おやすみなさい」
「おやすみなさい。あ…」
電話は切れてしまった。
彼女は「あ…」と続く言葉があったわけではなく、ただ繋がっていたかった。
数日後の週末。彼女は男性と待ち合わせて納涼まつりへと出かけた。
予想通り会社の人には、会わなかった。
ノーネクタイで柄のカッターシャツのボタンを二つ外し、肘まで捲りあげた袖。
ラフなスラックス。
事務所で見るときとは違う男性を彼女は時々見つめた。
車が横を通りかかった時、その腕が彼女の肩を引き寄せた。
「あ、危ないよ」
間近に男性の胸元がある。
(このまま凭れかかったら抱きしめられるのかな)
そんなことを頭によぎらせたが、すぐにその距離は離れてしまった。