カラスの濡羽色
「そしてモンドはわたしにこう言ったの。『オレを殺せばギルバート君の命も無くなる』わたしはあいつの言いなりになってしまった。ギルを探しに行くこともできなくて、あいつの命令に従って人を殺してた。人数は四人。分け前のことで争いがあったみたいね。全員が税金の着服に関与していたことは確認したわ。たとえモンドに命令されなくても、きっとわたしは……」
ナインはわたしの話を静かに聞いてくれた。
話の途中で彼が発したのは、わたしが言葉に詰まったときに掛けてくれた一言だけだ。
「辛いときは、泣いたっていいと思う」
わたしは彼に救われた。それだけは間違いない。聞いてくれた相手が彼ではなかったら、わたしはこんな気持ちになることはなかっただろう。
「こういうのを懺悔というのかしら? 不思議ね、ただ話しをしただけなのに、何が変わったのだか」
「いつか、許される日が来るでしょう」
彼の声はとても優しい響きを持っていた。慈愛に満ちた声とは、こんな声のことなのだろうか。
「アナタは許してくれないの?」わたしは悪戯に笑ってみた。
こんな風に笑おうと思ったのは、随分と久しぶりだった。
「僕も多くの罪を犯していますから」
彼の答えは、わたしにとって意外なものではなかった。
なんとなく、そんな答えが返ってくるような気がしていたんだ。
「あら、わたしと一緒なのね」
「はい」 彼の笑った顔はまだ幼い。
でもやっぱりその体格には不釣合いすぎる。
「あれ嘘なんでしょう? 父が書いたっていう手紙」
彼は申し訳なさそうに頷いた。
「いいのよ。父はそういうことに気を回せる人じゃなかったし。それに、知らない人のところにお嫁になんて行けないわ」
彼は安心したように微笑む。
「アナタは王都の人よね? フロンティアには何をしに来たの?」
「人を探しているんです。とても大事な人を」
「え? そう……なんだ」
胸が苦しい。なんだろう、急に息苦しくなった。
動悸が激しく高鳴っている。
彼は窓を開けて、遠い北の空を見た。
見ているのはアルザットの砦よりもさらに遠い北の空。
その目はあまりにも優しすぎる。優しさと、決意と、寂しさと、そして焦がれる想い。
わかっている、わかっていたんだ。
そんな気がしていたんだ、なんとなく。
彼が見つめる空の下に、わたしはいない。
そこにわたしが入り込む余地なんてなかった。
あの手紙が本物だったら、わたしはどうしただろうか。
ううん、やめよう。こんな妄想は虚しいだけ。
なんだかお腹が空いてしまった。
「ね? お腹空いてない? なにか作ってあげるわよ」
「じゃあ、お言葉に甘えてごちそうになります」
メリルに教わった料理は、彼の口に合うだろうか。
―― お母さん。
「見てなさいよ、絶対に驚かせてあげるんだからね」
―― わたし、普通の女のコになれるかもしれないよ。
* * *
翌日、わたしとナインはモンドのところへと向かった。
屋敷の入口付近には多くの人が集まっていた。
「なにかあったんですか?」
わたしは野次馬の一人に訊ねた。
「アルザットからお役人が来てんだ。モンド様を捕まえるって話だ」
「え? どういうこと!?」
ナインも分からないと首を振っている。
わたしは野次馬を掻き分けて前へと進んだ。
「ニイチャン!」
忘れもしないギルバートの声が聞こえた。
そうか、ナインは大きいから人込みの中でも頭が出てすぐに分かるのか。
ナインにはギルバートの声が聞こえていないらしい。
わたしは鍛えているから聞こえるのだけれど、随分と遠い場所から聞こえている。
わたしはナインの元へと戻り、彼の身体をよじ登った。
彼は動揺しながらも膝を曲げて足場を作り、登りやすくしてくれた。
まったく、この男は……もうっ。
「ねえちゃん!」
「ギル!」
ギルバートが無事で、ほんとによかった。
もう会えないんじゃないかと何度も諦めかけた。
これで、ハーンとメリルの二人に対して顔向けができる。
「え? どこ!?」
間抜けな声を出したのは、わたしの足場となっているナインだ。
わたしは彼の頭を胸に抱くような格好になっていることに気がついて、急に恥ずかしくなった。
腰にまわされている彼の丸太のように太い腕は、わたしを軽々と抱き上げ、そして、しっかりと支えてくれていた。
この温もりを、わたしは生涯忘れないだろう。
ナインは野次馬を押し退けて進んだ。
頭上後方から、ぬっと現れる物体に対して、人間は反射的に道を譲ってしまう。それは単に驚いているだけなのだけれど。
アルザットの砦にいたギルバートは、自分が行方不明になっていると知る人物に出会ったのだそうだ。
そこからはトントン拍子に話が進んで、もともとモンドは評判が悪く、着服の疑いが持たれていたことも手伝って、百人もの人員が動員される大捕り物となったらしい。
縄を打たれたモンドは、悪びれた様子も見せず連行されていった。
それはあまりにも呆気なさすぎて、わたしは他人事のように眺めていた。
ナインはわたしの話を静かに聞いてくれた。
話の途中で彼が発したのは、わたしが言葉に詰まったときに掛けてくれた一言だけだ。
「辛いときは、泣いたっていいと思う」
わたしは彼に救われた。それだけは間違いない。聞いてくれた相手が彼ではなかったら、わたしはこんな気持ちになることはなかっただろう。
「こういうのを懺悔というのかしら? 不思議ね、ただ話しをしただけなのに、何が変わったのだか」
「いつか、許される日が来るでしょう」
彼の声はとても優しい響きを持っていた。慈愛に満ちた声とは、こんな声のことなのだろうか。
「アナタは許してくれないの?」わたしは悪戯に笑ってみた。
こんな風に笑おうと思ったのは、随分と久しぶりだった。
「僕も多くの罪を犯していますから」
彼の答えは、わたしにとって意外なものではなかった。
なんとなく、そんな答えが返ってくるような気がしていたんだ。
「あら、わたしと一緒なのね」
「はい」 彼の笑った顔はまだ幼い。
でもやっぱりその体格には不釣合いすぎる。
「あれ嘘なんでしょう? 父が書いたっていう手紙」
彼は申し訳なさそうに頷いた。
「いいのよ。父はそういうことに気を回せる人じゃなかったし。それに、知らない人のところにお嫁になんて行けないわ」
彼は安心したように微笑む。
「アナタは王都の人よね? フロンティアには何をしに来たの?」
「人を探しているんです。とても大事な人を」
「え? そう……なんだ」
胸が苦しい。なんだろう、急に息苦しくなった。
動悸が激しく高鳴っている。
彼は窓を開けて、遠い北の空を見た。
見ているのはアルザットの砦よりもさらに遠い北の空。
その目はあまりにも優しすぎる。優しさと、決意と、寂しさと、そして焦がれる想い。
わかっている、わかっていたんだ。
そんな気がしていたんだ、なんとなく。
彼が見つめる空の下に、わたしはいない。
そこにわたしが入り込む余地なんてなかった。
あの手紙が本物だったら、わたしはどうしただろうか。
ううん、やめよう。こんな妄想は虚しいだけ。
なんだかお腹が空いてしまった。
「ね? お腹空いてない? なにか作ってあげるわよ」
「じゃあ、お言葉に甘えてごちそうになります」
メリルに教わった料理は、彼の口に合うだろうか。
―― お母さん。
「見てなさいよ、絶対に驚かせてあげるんだからね」
―― わたし、普通の女のコになれるかもしれないよ。
* * *
翌日、わたしとナインはモンドのところへと向かった。
屋敷の入口付近には多くの人が集まっていた。
「なにかあったんですか?」
わたしは野次馬の一人に訊ねた。
「アルザットからお役人が来てんだ。モンド様を捕まえるって話だ」
「え? どういうこと!?」
ナインも分からないと首を振っている。
わたしは野次馬を掻き分けて前へと進んだ。
「ニイチャン!」
忘れもしないギルバートの声が聞こえた。
そうか、ナインは大きいから人込みの中でも頭が出てすぐに分かるのか。
ナインにはギルバートの声が聞こえていないらしい。
わたしは鍛えているから聞こえるのだけれど、随分と遠い場所から聞こえている。
わたしはナインの元へと戻り、彼の身体をよじ登った。
彼は動揺しながらも膝を曲げて足場を作り、登りやすくしてくれた。
まったく、この男は……もうっ。
「ねえちゃん!」
「ギル!」
ギルバートが無事で、ほんとによかった。
もう会えないんじゃないかと何度も諦めかけた。
これで、ハーンとメリルの二人に対して顔向けができる。
「え? どこ!?」
間抜けな声を出したのは、わたしの足場となっているナインだ。
わたしは彼の頭を胸に抱くような格好になっていることに気がついて、急に恥ずかしくなった。
腰にまわされている彼の丸太のように太い腕は、わたしを軽々と抱き上げ、そして、しっかりと支えてくれていた。
この温もりを、わたしは生涯忘れないだろう。
ナインは野次馬を押し退けて進んだ。
頭上後方から、ぬっと現れる物体に対して、人間は反射的に道を譲ってしまう。それは単に驚いているだけなのだけれど。
アルザットの砦にいたギルバートは、自分が行方不明になっていると知る人物に出会ったのだそうだ。
そこからはトントン拍子に話が進んで、もともとモンドは評判が悪く、着服の疑いが持たれていたことも手伝って、百人もの人員が動員される大捕り物となったらしい。
縄を打たれたモンドは、悪びれた様子も見せず連行されていった。
それはあまりにも呆気なさすぎて、わたしは他人事のように眺めていた。