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カラスの濡羽色

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 大捕り物の騒ぎが静まった頃、わたしは彼の姿を探していた。
 彼の代わりに、街の入口から歩いてきたギルバートを見つける。
「ギル、ナインがどこにいるのか知らない?」
「ニイチャンなら、もう行っちゃったよ?」
「え……?」

 そんな、まだお礼も言ってない、お別れも言ってない。
 一言の挨拶もなく行ってしまうなんて、そんな他人行儀な……

「そう……だよね」

 わたしたちはそんな間柄だった。
 彼はギルバートに頼まれてこの街にやってきただけ。
 わたしと彼とは、なんでもないんだ。

 なんでも……ないんだ。

「ねえちゃん?」
「なんでも……ない」


 雨がポツリポツリと降り出した。
 昨日の夜から、雨が降るのは分かっていた。

 これからのわたしは、自分に嘘をつくことを止める。
 自分を良く見せようとすることを止める。
 わたしはわたしのままでいい。

 硬くてボサボサで痛みきっていたわたしの髪は、少しだけしなやかになり、少しだけつややかになった。
 髪を伸ばして、メリルと同じ髪型にして、「やっぱり似合わないね」と笑ってから、わたしに似合う髪型を探そう。

 わたしは変わる。
 “カラス”でも“人間”でもない。
 わたしは“わたし”になるんだ。

 そしていつか、わたしはわたしの心を取り戻しに行くんだ。
 誰もが羨む“カラスの濡羽色”を持って。


「きっとまた、会えるよね」
 わたしは遠い北の空を見る。

 うん。 明日は晴れだ。


 *  *  *

 わたしの名前はエレナ。
 みんなが長音を省略してエレナと呼ぶ。
 わたしはエレナと省略して呼ばれることを気に入っている。
 “エレーナ”という少女から、心の壁である“ー”を取り払った名前。

 “エレナ”

 それがわたしの名前。


 雨は強くなりそうだ。
 マチルダの食堂に急いだ方が良さそう。


 ―― 雨に濡れてしまうのは好きじゃない。

 なんとなく、好きじゃないんだ。


          ― 了 ―
作品名:カラスの濡羽色 作家名:村崎右近