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カラスの濡羽色

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 *  *  *

 前方に明かりが見えた。
 豪雨の中を走ってきたわたしは、全身がずぶ濡れになっている。
 油断はしないと言っておきながら、帰りつくまでずっと昔のことを思い出していた。誰かに尾行されていたら大変なことになる。
 尤も、わたしは少しも困らないのだけれど。

 わたしが向かっていたのは、街外れにある見張り小屋だ。
 小屋の中には夜番の駐屯兵が二人。
 木蓋の窓を引き開けて合図となる小石を並べると、すぐに窓が開かれた。
「十五日も掛けるとはな。ずいぶん遅かったな」
 中の兵士は独り言のように言う。
 顔は見ない、目線は合わせない。それが不文律。
 だけど、どこの誰なのかはお互いに知っている。
「“いつ・どこで”はわたしが自由に決めていいはずよ」
「悪い。そんなつもりは無いんだ」
 わたしの言葉に苛立ちを感じたのだろうか、兵士の声は急に弱気になった。
 苛立ちはこの兵士に対してではないのだけれど。
「伝言があるの。屋敷は警戒されていたわ。安っぽい挑発で自己満足に浸るのはいいけれど、余計な手間を掛けさせないで」
「つ、伝えておく」

 嘘よね。

 わたしの『手間になる』ということもそうだけれど、この兵士があいつに直接意見できるわけがない。『時間が掛かってしまってごめんなさい。次はもっと早くやります』とでも伝わるのだろう。

 いいように使われているのは不愉快だ。
 けれど、手の打ちようがない。
 せめてあの子が、ギルバートがどこにいるのかが分かれば。

 わたしは雨の中を、今度は慎重に尾行がいないか気を配りながら走った。
 雨は明け方まで降り続いた。



 ―― 雨に濡れてしまうのは好きじゃない。


 自分が泣いていることにも気が付けなくなるから。


作品名:カラスの濡羽色 作家名:村崎右近