妖狐
「要らないわ。寝ぐらに帰れば拾ったものが幾つもあるもの」
「じゃあこれは」
私は小さな折り畳み傘を取り出して拡げて見せた。それとは別にカッパを持っているので、この後雨が降っても困る事は無い。
「狐はこうもり傘は差さないの。蛇の目の綺麗なのなら貰っても良いけど。それより今はちょこれーとよ。あたしはちょこが大好きなの」
一瞬女の目に赤い炎が見えた気がした。
「いや、しかし――」
「折角良いものを見せたのに、ちょこもくれないなんて。化かして殺して奪ったって善かったのに……」
それを聞いて私は縮み上がった。
「いやそれだけはご勘弁を。チョコレートは差し上げますから、命ばかりはお助け下さい」
私はリュックから板チョコを出し、両手に持って捧げた。
「あら。本当にくれるのね。全部貰っても良いの?」
嬉しそうに呟く女は一層妖艶な笑みを浮かべた。
「はい。もう、これ全部差し上げます。なんなら今度来た時にはもっと沢山。油揚げも付けますから」
「油揚げは要らない。間に合ってるから」
狐女は私からチョコレートを取り上げると、楽しそうに包み紙を剥がしてチョコレートを割り小さな欠片を口に放り込んだ。
「やっぱりちょこれーとは美味しいわ。このちょこは特に美味しい気がする。これって特別なのかしら?」
確かにそれは戴き物の舶来の品だった。
「ええ、戴き物なのでなかなか自分では買えないものです」