妖狐
それを聞くと狐は少し寂しそうに俯いた。いつの間にかまた少女の顔に戻っている。
「そうなの。でも仕方ないわね。じゃあこの一枚を大事に食べる事にする」
狐女は私をみて微笑んだ。
「そうそう、貴方は道に迷ったんでしょ? ちょこれーとのお礼に麓まで送って行ってあげる」
そう言うと元の狐の姿に戻りすたすたと歩きはじめた。
私は慌ててその後を追った。
私は歩きながら考えた。送ってくれるならそれだけでチョコレートの一枚や二枚少しも惜しくは無かったのに。
狐は今は私の心を読む気は無いのか素知らぬ振りで歩き続けるばかりである。
やがて麓が近づくと人里の灯りが段々近くに見えてきた。
狐はひょんと飛び上がって蜻蛉を切るとまたまた先程の少女の姿になった。
「ここまで来ればもう平気ね。道は一本だから。あたしはこれで家に帰るわ。じゃあ」
どうやら人の姿でないと人の言葉は喋れないらしい。
そう云って背中を向けると既にその姿は狐に戻っていた。
私はじゃあ、と声を掛けると麓へ向かって急ぎ足になった。
登山口には多くの人が集まっていた。一緒に来た仲間も安心した様な顔で私を迎えてくれた。
どうやら私が行方不明になっていたらしい。らしいも何も本当に遭難しかけていたのだが。
私が狐に助けてもらった話しをすると、地元の老人が笑いだした。
「あんた狐にからかわれたね。そもそも此の山は道が綺麗に整備されとるし、道標も多い。そりゃああんた。道に迷った時点で狐に化かされておったんじゃ。
この山の狐は昔から悪戯好きでの。困ったもんじゃ」
私は何故か急に恥ずかしくなって、命拾いをした悦びもすっかり萎れてしまった。
おわり
2012.06.12 #111
半年ぶりに新しいのを書きました。そしてまた潜伏かなぁ。