紗の心
連日の真夏日。
今日も暑さが厳しい。
エアコンの効く事務所で仕事がしたいところだが、営業マンにはなかなかいい顔は
されない。
お盆の長期休暇を向かえる前のもうひと頑張り。
気合もそこそこに外へ出かける。
あれから3年が過ぎていた。
その人には、あの日の再会から二度ほど会いに行ったが、恋人ができたらしく、
会ってくれなくなった。
もちろん、喜んであげるのがいいのだろうが、素直にいうなら、寂しい。
あの路地にある家は、まだ売られてはいないようだ。
小さな表札には[加納]と記されているままだ。
時々は、風通しにでも来ているのだろう。
家の周りは、雑草の手入れもされて家もほかってあるようには思えない。
だが、そこでその人を見かけることは、ない。
この日、私は初めて、この寺への表通りからの道を上がった。
こんな暑い日にとは思ったが、きっと風の通りも爽やかだろうと立ち寄った。
広めの階段は、一段一段の段差が低く、ゆっくり上がるのも楽だ。
そのうえ、表通りからは高低がなだらかな分、裏門からよりは、かなり行き易い。
(なんだ、ここから来れば、何度もかっこ悪くへたらなくてすんだのに)と
ひとり苦笑した。
せっかくだ。その人のお兄さんの墓に参って行こうと正門をくぐろうとした時だ。
奥から、子どもの泣く声が聞こえてきた。
どうやら、石畳に引っかかって転んでしまったようだ。
まだ、ちょこちょこと幼い走りをするほどの子どものようだ。
「大丈夫よ。ほら立っちしよ」
手を差し伸べ、その子に声をかける母親。
抱き起こすでもなく、ほっておくでもなく、優しく見つめてその子の手を取り、
立ち上がるのを気遣う。
その子が、地面に手を付き、立ち上がると、ハンカチで膝の砂を払った。
「頑張ったね。はい、手もはらって、ほらもう大丈夫」
その光景を、微笑ましく見てしまった私は、もっと驚いた。
その子の為に地面においた日傘を取り、立ち上がった着物姿の女性は、紗希、
その人だった。