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紗の心

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「紗希」
「あ、佐伯さん。こんにちは」
私は、その人の方へ歩み寄ると、言葉をかけた。
「誰かと思いました。ずっと気になっていました。どうされているのかと」
「はい。元気です」
「結婚されたんですね。あの時の方と?」
その人は、子どもと手を繋ぎ、微笑むだけだった。
その子が、私と母親のその人を見上げる。
「紗希さんのお子さん。いくつかな?」
私は、しゃがんでその子の視線に下りた。
手に触れようとしたとき、はにかむように手を避けられた。
「知らないおじさんだから、無理ないか。みっつくらいかな?」
自分で言って、おかしく思った。
その人に3才になる子がいるわけがない。
立ち上がり、その人に向かい合った。
「紗希さんは、幸せ?・・」
「少し、年取ったお母さんですけど、この子と今、幸せです」
「そうですか。今日のお着物は涼しげでいいですね。暑苦しい下界を忘れさせて
くれるようだ」
「あら、下界だなんて。毎日、お忙しいんでしょ。頑張ってくださいね」
「紗?」
「えっ、お勉強なさったの?」
「いえ、口からの出任せですよ」
「でも、正解」
その子は、暑そうにもぞもぞしだした。
「あ、すいません。ごめんね、ママをとってしまって」
「ごめんなさい。お目にかかれて嬉しかった。では、さようなら」
私は、言えなかった。
その人が、子どもの手を引いて歩き出す。
その子の背中に背負われた小さなリュックにぶらさがった名札に[かのう たかゆき]と
書かれてあった。
(かのう……?結婚してないのか!?)
そして、もうひとつ・・。

あの子は。

その人の好きな紗に織られた見えそうでわずかに透け通る布地は、
その人の本当の心にかかる上衣(うわぎぬ)のようにはっきりとは見せてくれない。

秋風が吹く頃、その家の玄関の入り口にこじんまりした看板が掛けてられた。
『更紗きもの塾』

作品名:紗の心 作家名:甜茶