紗の心
私の行動は、結構早かった。
車を降りると、あの細い階段を駆け上がった。
そう、初めてこんなに早く上がったぞと、自己新記録と自負した。
だが、息は辛い。
その目指すところまで行くための酸素補給が必要だ。
後から、上がってきたご夫婦がにっこりお辞儀して通り過ぎて行った。
(カッコ悪!)
まだ、肩で息をついてはいたが、気の逸るのに任せ、歩き始めた。
裏門から本堂の前を抜けて、墓地へ。
左側から沿って奥へと・・・。
私の目に映るのは、陽射しにきらきら光る着物を着て、髪を結い上げ、墓前に静かに
手を合わせている女性。
私は、その女性に近づけず、目が離せず、見つめているだけの男。
また夢の中に迷い込んでいるようだ。
脇に置いた日傘を取り、お供えを包んできたのか折りたたんだ風呂敷を持ち立ち上がった。
(これで人違いだったら・・)
まだ半信半疑。このままのほうがいいのかと思うほどに緊張し、その瞬間を待った。
私のなかにおぼろげに何かを残したまま、居なくなったその人。
そうだ、あの別れ際に私の背中に残した文字?言葉?がずっと気になっていたようだ。
すっきりとしない日々は、たったそれだけから始まったのかも知れない。
(何だったんだろう。あの女性がその人であったなら、聞いてみよう)