紗の心
今朝から妻は押入れやクローゼットを整頓している。
「大変そうだね。何かしようか?」
「じゃあ、お邪魔しないでね」
「ん?」
笑顔で私を見る。
「衣替えしてるから、崇さんはちょっと、あっちで過ごしていて」
「で、お邪魔ってわけか」
私にとっては楽ができるが、これを始めると話も聞いてくれなくなる。
「出かけてきてもいいのかな?」
「ええ、今日はごゆっくり。あ、お小遣いはあげられないわよ」
「そっか、残念だ。何かあったら連絡入れてくれな」
「はーい。いってらっしゃい」
追い出されるでもなく、笑顔で見送られて出かけるのは心が軽い。
(と、家は出たものの。さて、何処へ行こうか?パチンコかそれとも。
そうだ、ガソリン入れて、洗車して・・また雨が降るかな・・)
とりあえず、車に乗り、ガソリンスタンドへと寄った。
ガソリンスタンドには、数人客が居たが さほど待たずに給油できた。
だが、こんな時期にもかかわらず、洗車の順番待ちが多い。
(雨が降りそうなのに洗車するのか。まったく)
私自身もそのつもりだった気がするが、止めてそこを出た。
私は、近くの和菓子店へ立ち寄り、数個の和菓子を購入した。
何がいいか分からず、女性の店員に尋ねて選んでもらった。
(結構、値段がするんだな)
私の気持ちと車は、あの人の方へ向かっていた。
その路地に車で入って行くにはさほど大変ではないことは、営業車で実行済みだ。
私の自家用車も大きくはない。
だが、家の前に停めては置けないだろう。人目がある。
仕事で利用した駐車場まではやや距離がある。
あまり褒められないが、路上駐車をすることにした。
(わずかな時間だ。駐車禁止の標識も見当たらない。たぶん大丈夫)
私は、購入した和菓子屋の紙袋を提げて、その家へ向かった。
門扉が閉じている。インターフォンを押した。
(あ、待てよ。ご主人が出てきたらなんと言い訳すればいいんだ?)
私は、凄く大変なことを今ここに来て、しかも呼び出しの鈴まで押して思いつくなんて・・。
体中のアドレナリンと熱が放出するかと思うほど、動悸を打つ胸に手を当てた。
しかし、その心配は、穏やかに治まりかけた。
誰も反応がない。
いわゆる『留守』という状態の様子だ。