紗の心
「あら?えっと・・佐伯さん?」
振り返ると、その人。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。うちを訪ねていらっしゃったんですか?」
その人は、やんわり微笑んだ。
(可愛い笑顔だ)
「あ、先日伺った・・お礼?かな」
その人は、口元に軽く握った手を当てて、目を細めて笑った。
「佐伯さんにお礼をしなくてはならないのは、私のほうですよね。
雨の日は、助かりました。ありがとうございます」
「あ、いえ。どこかへお出かけでしたか。すみません。突然来てしまって」
「仕方ありませんね。連絡のしようがないんですから。それで何か?」
「美味しそうな菓子を見つけて、買ってしまったので、貴女にどうかと。
甘いものはお好きですか」
よっぽど、私は、滑稽なのだろう。
その人は、両手で口を隠すように覆うとクスクス笑った。
「笑ってごめんなさい。失礼ですよね。でも、とても分かり易い理由です。
では、続きは奥で」
その人は、門扉の格子の間から手を差し入れ、開けると、玄関の鍵を開けた。
「どうぞ」とドアを支えて私を促した。
「今、窓開けますから」
密室にならない気遣いか・・?
玄関の上がり口には、私の靴と今脱いだその人の靴が並んでいるだけだった。
「すみません。こんな突然の訪問で。ご主人になんと言っていいか」
「大丈夫ですよ。留守ですから・・ずっと」
やや意味深なことと思ったが、このあとそれは解明した。
その人は、先日のように折りたたみ式の卓袱台を置くと、私に席を勧めた。
私は、その卓袱台の上に和菓子屋の紙袋を置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
袋を卓袱台から下ろし、卓袱台の横に正座した膝前に置くと、菓子の箱を取り出し
卓袱台に置いた。
折り目通りに袋をたたむと自分の横に置いた。
その一連の仕草が、また素敵に見えた。
「あの、渡してなんですが」
「はい」
「こういったものの渡す作法ってのもあるんですか」
「ええあると思いますが、その方のお気持ちのままにされるのが、自然で受け取る方も
嬉しいと思いますよ」
「そうですか。無作法ですみません」
「いえお気になさらずに。せっかくですからお茶入れてきます。ご一緒に、ね」
その人は、席を立ち、奥へと行ってしまった。